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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 特別論説委員 岩崎誠 空襲を追体験する 継承へ今こそ手を尽くそう

 連休中に総集編が放映された。岡山市を舞台にしたNHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」。やはり米軍の空襲の場面が胸に迫る。上白石萌音さん演じるヒロイン安子が幼子を抱き、焼夷(しょうい)弾から逃げ惑う。夜の街が炎に包まれ、お城も燃える―。

 1945年6月29日未明の岡山空襲が再現された。史実では138機のB29が約9万5千発の焼夷弾を落とし、国宝岡山城を含め市街地の63%を焼く。広島、長崎の原爆や東京大空襲を描いた映画やドラマは結構あるが、地方都市への空襲にここまで向き合った作品は記憶にない。

 JR岡山駅西口の岡山空襲展示室を訪れた。「カムカム」の考証に協力したと聞いたからだ。市福祉援護課が運営し、この秋で10年。収蔵資料の一部、約100点を公開する。復元した焼夷弾、死亡診断書、空襲開始直後の午前2時47分で止まった時計。上白石さんも収録を前に、お忍びで来たらしい。制作陣にさまざまな資料を提供した木村崇史学芸員(41)は「ドラマのおかげで関心を持つ人も増えた」と手応えを語る。

 岡山市の継承の取り組みは戦災の研究者から高い評価を受けている。専従学芸員を3人置き、展示室の運営や資料収集、企画展開催に加えて空襲体験の聞き取りを重ねる。そのスタンスは常設展示の説明文に象徴される。「正確な死者数はまだわかっていません」。終戦4年後の資料に1737人という数字が残るが、うのみにせず、2千人以上とする在野の研究者の見方も併記する。実態が分からないからこそ調べ続ける、という静かな決意を感じる。

 木村さんに教わり、焼け野原になった「安子」の生家一帯のモデルとおぼしき表町の商店街を歩いた。惨禍の爪痕はない。市が公費を投じる展示室の蓄積があってこそドラマも共感を呼んだのかもしれない。

 全国を見渡してもこうした自治体は少数派だ。「一般戦災」と呼ばれる空襲被害を新たに掘り下げることには、大半が二の足を踏む。

 2016年公開のアニメ映画「この世界の片隅に」が世に知らしめた呉空襲はどうか。呉市の大和ミュージアムは主なもので6回繰り返された空襲の一端を写真や資料で伝え、おととし展示は更新された。

 空襲体験者たちの証言映像も公開する。市として「忘れていない」ことはよく分かる。ただ軍港呉と戦艦大和を軸とする施設だけに埋没感も否めない。25年に控える館全体の大規模なリニューアルに際し、「この世界」のファンの心を動かした空襲の悲劇をどう展示するだろう。

 超党派の議員連盟が準備した空襲被害の救済法案が実現すれば状況は一変しよう。心身に傷を負った人への特別給付金が柱だが、政府に空襲の実態調査も求めるからだ。だが国会に提出されないまま、棚ざらしになっている。成立を待つうち風化は進み、継承が一段と難しくなる。

 元高校教諭で「呉戦災を記録する会」の朝倉邦夫代表(85)に聞いた。自らの体験を語る活動はもう退いたという。「体験を直接学ぶより、学校などで自分たちで調べ、討論していく時代だ」。資料を残し、どう生かしていくかが問われる、と。

 北九州市が新たな戦災資料館を先月、開館したと聞いて早速行ってみた。小倉城そばの「市平和のまちミュージアム」。45年8月8日の八幡大空襲と、その翌日に原爆搭載機が小倉上空に飛来しながら視界不良で長崎に向かった史実を継承する。

 「体験型」をうたい、新たな工夫が幾つもある。運命の2日間、この地にいたように追体験できる360度シアターに入った。焼夷弾から逃げる子どもが一瞬にして燃え上がるアニメ映像に衝撃を受けた。ロシア軍の空爆で簡単に命が失われていくウクライナが頭に浮かんだ。

 日々、ニュースで伝えられる空爆の惨禍と同じことが77年前、日本の津々浦々で起きていた。身近な戦災から学び、平和の意味を問う営みは重みを増しているはずだ。今のうちにもっと手を尽くせないか。

(2022年5月12日朝刊掲載)

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