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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「翡翠(ひすい)色の海へうたう」 深沢潮著(KADOKAWA)

沖縄の記憶 時を超えて

 当事者になって初めて分かること、気付かされることはたくさんある。ならば自分が体験していない出来事について理解するのは不可能なのだろうか。語ったり思いを寄せたりすることは無意味なのだろうか…。

 そんな問いに手掛かりを与えてくれるのが本書である。現代と戦中、二つの時代の沖縄が舞台だ。

 主人公は、小説家志望の「私」と戦時下に朝鮮半島から連れてこられ旧日本軍兵士の慰安婦にされた「わたし」。それぞれの時代に生きる二人が時を超え、いまに連なる物語を紡ぐ。

 「わたし」を描いたパートは重く、つらい。名前を奪われ、兵士らの性欲のはけ口にされる。人間ではなく「物資」として扱われ、熾烈(しれつ)な地上戦に巻き込まれていく。

 一方、東京からやって来た「私」の行動は軽く見える。沖縄戦や朝鮮人慰安婦の取材は「三十路(みそじ)の私の冴(さ)えない人生」を挽回するため。小説のネタにするもくろみなのだ。だが親友には興味本位をたしなめられ、沖縄では「ヤマトの人が書く沖縄戦は偽物」と非難される。「私」はそうした声に戸惑い、悩みながら他者の痛みに向き合っていく。

 沖縄はきのう、復帰半世紀を迎えた。77年前には本土防衛の「捨て石」にされ、戦後は27年にわたり米国の施政権下に。土地が次々収用され、今も国内の米軍専用施設の約7割が集中。そうした歴史の下に、あまたの人々の痛みがある。

 それを全て理解するのは困難かもしれない。それでも目を向けたい。とりわけ年表からはこぼれ落ちてしまうような弱き声を。「なかったこと」にしないために。

これも!

①川田文子著「新版 赤瓦の家」(高文研)
②熊本博之著「辺野古入門」(ちくま新書)

(2022年5月16日朝刊掲載)

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