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連載・特集

被爆60周年 明日の神話 岡本太郎のヒロシマ 第3部 民族学の視点 <2> 今に生きる縄文

四次元と対話 核に迫る

字のうねり 土器と共通

 岡本太郎は「縄文の美」の発見者と称される。

 一九五一年、東京国立博物館で見た縄文土器に衝撃を受けた岡本は、翌年に「四次元との対話―縄文土器論」を美術雑誌「みづゑ」に発表。それまで考古学の対象に収まっていた縄文時代の土器や土偶を造形美の面から評価し、日本美術史の起点を書き換えさせるほどの影響を与えた。

 岡本はこの中で、不確実な猟の成否に生死を左右されることの多かった縄文人の暮らしが、宗教、呪術(じゅじゅつ)と切り離せないことを論述。縄文土器の「いやったらしいほどたくましい美」は、超自然的な世界との日常的な交渉、つまり「四次元との対話」から生まれた、と唱える。岡本の民族学の素養が存分に発揮された内容だった。

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 実はこの論文に、やや唐突に「原爆」への言及が出てくる。

 「我々には既に四次元との対話はない。しかし、宛(あたか)も彼らが超自然の世界と交渉したように、同じく不可視ではありながら極めて現実的に迫って来る切実な問題にふれている。(中略)原子爆弾が炸裂し、二つの世界の対立があり、奇怪な経済恐慌が起る…」

 この個所は、現代の芸術が社会的現実と断絶し、生命力を失ったのを批判する文脈で語られている。原爆といった切実な問題を、「一応芸術に無関係なように、切り離して考える処に今日の芸術の為の芸術の不幸がある」と。

 岡本は、四次元とも対話するかのような縄文土器の生命力に、芸術が持ち得る射程の果てしなさを見た。そして、今を生きる芸術家として、現代の困難な課題に立ち向かう勇気をくみ取ったのだった。

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 広島市出身の映画監督新藤兼人さん(92)は、「母」「鬼婆」「本能」など六〇年代の作品群の題字を岡本に書いてもらうなど、親交が深かった。

 縄文の造形のうねりにも似た、なまめかしい曲線の字体がスクリーンに映えた。「岡本さんの字には、見る人を触発する独特の力がある。映像にも造詣が深く、僕の思いを見事に表現してくれた」

 乙羽信子、杉村春子らが出演した「母」(六三年)は、撮影に先立って岡本から題字をもらい、俳優やスタッフに見せて「この感じ、こんな映画を撮りたいんだ」と説明したという。題字の謝礼は「いつもウイスキー一本で、甘えさせてもらった」と振り返る。

 二人の親交は、モスクワ映画祭グランプリに輝いた新藤さんの出世作「裸の島」(六〇年)の試写会に、岡本が訪れたのがきっかけ。三原市沖の佐木島でロケし、段々畑に生きる夫婦の過酷な生を描いたこの映画を、岡本は「日本映画にとって大きなポイントとなる異色作」と高く評価した。

 縄文土器への岡本の入れ込みようを、新藤さんは当然視する。「盛り上がり、うねるような縄文の造形は、岡本さんが一貫して表現し続けた生命感そのもの。大阪万博の『太陽の塔』も、巨大な芽吹きのような命の感じは共通している」

 同じ観点で、岡本が原爆をテーマに「明日の神話」を描いたことに「すごく納得がいく」と語る。

 「核兵器は、人類の生命を握ってしまった怪物。生命を描き続けた岡本さんにとって、最大の敵でしょう」。数々の原爆映画を手掛けた自らの思いも重ね合わせ、そう確信する。

(2005年4月8日朝刊掲載)

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