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社説・コラム

『潮流』 ヒマワリ

■編集委員室長 木ノ元陽子

 仕事を終えて帰る道で、近くに住む母から電話がかかってきた。「あなたの家の庭にヒマワリの種を植えておいたから。水をあげてね」と言う。殺風景なわが家の庭を見かねたのだろうか。「なぜヒマワリなの」と聞くと、問い返された。「え、分からない?」

 そうか。ヒマワリはウクライナの国花だ。この国の人道危機が深刻さを増している。ロシアによる侵攻の長期化が懸念される。「祈ることしかできないから」と、母はホームセンターでヒマワリの種を買った。自宅のプランターのほか、目に付く所に植えたという。

 向日葵と書く。太陽に向かって咲く花はエネルギーの塊のようだ。この花の忘れられない光景がある。1998年夏―。阪神大震災から3年後の神戸市の仮設住宅に大輪のヒマワリが咲いていた。種を贈ったのは広島市の小学校臨時教諭、大西知子さん(72)。現地に通い、住民と交流を続ける大西さんに同行した取材を思い出した。

 「忘れんと会いに来てくれる。それがうれしい」と住民たちは涙声で語った。3年もたてば世間の関心は薄れていく。でも自分たちは次の住まいも決まっていない。時代に取り残されそうな不安と闘っていた。忘れないよ、いつも思ってるから―。ヒマワリは大西さんのそんな気持ちを抱いて咲いているように思えた。

 久しぶりに大西さんの声が聞きたくなった。電話をかけると「ヒマワリを植えさせてもらえる畑を探しているの」と言う。ウクライナを支援するためのヒマワリ基金を創れないか、と。協力者には種を配り、身近な所に植えてもらう。広島の地で平和を訴えながら、息の長い支援を続ける仕組みに思いを巡らせていた。

 人を慰め、励まし、結ぶ花。街のあちこちが黄色に彩られる光景を想像してみる。ふと庭先を見ると、芽がそっと顔を出していた。

(2022年5月19日朝刊掲載)

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