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社説・コラム

天風録 『山県有朋と無料パス』

 政争で、急に首相のお鉢が回ってきた。松下村塾で学んだ長州出身の山県有朋、1898(明治31)年のことである。施政方針の内容も予算編成の方向性も定まらない。すぐには国会を開けず頭を抱えた▲関西で行われる軍事大演習を議員たちに視察させ時間稼ぎする策を側近が思い立つ。「それは名案だ」と喜ぶ山県に、「ついては無賃乗車券を発行したらどうですか」と側近。1カ月近い猶予の間に国会対策を練った▲味を占めた議員たちは「旅をすれば見聞が広まる」と無料パスの発行を重ねて要求。政府側と押し引きの末、明治後期に制度化された。「国会議員用鉄道乗車証」と名を変え、今に至る▲あきれる逮捕劇が今月あった。元参院議員が落選後もパスを返さず、現職議員に成り済まし新幹線のグリーン席にただ乗りしていたという。「議員時代を忘れられなかった」と供述した▲議員特権といえば先ごろ、月100万円もらえて、使い道の報告が要らない文書通信交通滞在費が「調査研究広報滞在費」に衣替えした。交通の2文字を外したのは、無料パスとの「二重取り」批判をかわすためでは。国会改革こそ、新幹線のようなスピードで進まぬものか。

(2022年5月20日朝刊掲載)

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