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連載・特集

みんなの政治 第4部 「民意の先に」 <4> 「国策止める」町は一つに

トップと住民 危機感共有

  「ミサイル基地 絶対反対」

 のどかな田園風景にそぐわない看板が立つ。人口約3千人の山口県阿武町は4年前、「国防の盾」となる施設の建設計画で揺れていた。看板を立てた白松博之さん(75)が計画中止後も残す理由を明かす。「国策の断念を勝ち取った記録。あの時ほど、町民が政治への関心を高めたことはない」

明確な意思表示

 陸上自衛隊むつみ演習場(萩市、阿武町)は2018年6月、防衛省が導入を目指す地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の西日本の建設候補地として浮上した。日本海の先にある北朝鮮の弾道ミサイル防衛の一環。有事に町の上空を迎撃ミサイルが飛ぶことになるため、町民は不安がり、激しく反発した。

 「町民と危機感を共有できている自信があった」。花田憲彦町長(67)は国との攻防を思い返す。村岡嗣政知事や萩市の藤道健二市長(当時)が賛否を明らかにしていない中、18年9月に「町民の安全安心を著しく損なう」と反対を表明。衆院山口4区選出の安倍晋三首相(当時)がいる県で、自民党員でもある自治体トップが国策に「ノー」を突き付けるのは異例だった。

 「明確に意思表示することで、町民の分断を防ぎたかった」と花田町長。ただ「国策にあらがっても勝算は5%ほど。95%は難しいだろうと思っていた」。沖縄県の基地問題を巡る国の強硬姿勢にわが町を重ねていた。計画を止められなければ辞職し、出直し町長選で有権者に信を問う考えも秘めていたという。

決断への後押し

 町長の決断を町議会や町民も後押しした。町議会は18年9月、町民からの反対の請願を本会議で全会一致で採択。末若憲二議長(70)は「国策に歯向かっていいのかという思いはあったが、町民の訴えを重く受けとめた」。19年2月には、計画撤回を求める「町民の会」ができ、有権者の過半数が加わった。会長を務めた吉岡勝さん(69)は「町長の反対表明は心強かった。町民も無関心じゃいけないと一つになれた」と話す。

 基地や原発といった国策を巡る自治体の姿勢は、議会での議論を踏まえ、首長が最終的に賛否を判断する場合が多い。だが阿武町は、トップ自らが最初に意思表示した。町民と問題意識を共有できていた裏返しであり、町政と有権者の距離の近さも映し出す。

 結局、配備計画は20年6月、迎撃ミサイル発射時の落下物が集落に落ちる可能性が明らかになり、河野太郎防衛相(当時)が中止を発表した。当初から町民が不安視してきた問題を国が認めた格好だった。

 町は、国防施設を受け入れていれば国の手厚い財政支援を得られたかもしれない。その「アメ」にすがることなく、豊かな自然を生かしたまちづくりを続けている。花田町長は2年余りに及んだ一連の騒動をこう振り返る。「国防が国の大義なら、町民の安心安全な暮らしを守るのは町政の大義。まさに大義と大義のぶつかり合いだった」

イージス・アショア

 地上配備型の弾道ミサイル迎撃システム。日本に発射された弾道ミサイルをレーダーで捕捉し、大気圏外で撃ち落とす。政府は2017年、国内に2基の導入を閣議決定。18年6月、山口県の陸上自衛隊むつみ演習場と秋田県の陸自新屋演習場を候補地に選んだ。一方で防衛省の調査ミスなどが発覚し、地元の猛反発を招いた。同省は20年6月、迎撃ミサイル発射後、推進補助装置(ブースター)を確実に演習場内に落とせない欠陥が判明したとして計画停止を発表した。

(2022年5月22日朝刊掲載)

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