岩国基地「街を侵食」 元常連集い反戦の思い新た 半世紀前 4年間だけ営業の喫茶店「ほびっと」
22年5月24日
ベトナム戦争が泥沼化した1970年代、出撃拠点だった岩国市の米軍岩国基地の近くで4年間だけ営業し、反戦運動をする若者が集った喫茶店があった。今年で開店から50年。常連客が岩国市内に集まり、半世紀を振り返りながら基地の街への思いを語り合った。「基地の力が強まり、どんどん街が侵食されている」。危惧する声が続いた。
京都や福岡の学生たちが72年2月に手作りで店を開き、米国の反戦運動家の別名などから「ほびっと」と名付けた。ログハウス風の店内にボブ・ディランの曲が流れ、全国から訪れる若者のたまり場になった。
若者たちは開店前の71年5月、米軍機の離陸を阻もうと基地近くでたこ揚げをした。「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」運動の一拠点となり、開店の3カ月後には過激派との関連を疑う警察の家宅捜索を受けた。米軍の兵士たちも出入りし、基地は有害と判断して喫茶店への立ち入りを禁止した。
開店から半世紀。常連客の集いは21日にあり、全国から28人が参加した。「米兵も増えて基地は大きくなったのに、動きが見えなくなった。それが当たり前となり、危うさを感じる」。岩国市の児童文学作家岩瀬成子(じょうこ)さん(71)は現状を憂えた。昨年から基地に外来機の飛来や大型艦船の寄港が相次ぐのを街は平然と受け止めていると映る。同市内で長年メガネ店を営む植野昭さん(78)も「(2010年に)滑走路が沖合に移設されたのを機に基地は強くなった」と不安を口にした。
参加者からは、沖縄での座り込みなどを今も続ける反戦活動の報告もあった。当時、岩国東教会の牧師で若者たちを支援した田口重彦さん(87)=山梨県北杜市=は「戦争を日常に感じながら個に目覚め、生きることの大切さを学んだ」と出会いの意義を語った。初代マスターの故中川六平さんを継ぎ、76年1月の閉店までマスターを務めた岩国市の冨田裕明さん(73)は「戦争に加担したくない思いは、周囲にも理解されていた」と振り返った。
参加者は半世紀ぶりに岩国基地前に立ち「NO WAR」と書いた横断幕を掲げた。元店員で集いを呼びかけた鷲野正和さん(71)=福岡県福津市=は「ロシアによるウクライナ侵攻など世界の情勢が悪化する今こそ、ほびっとが岩国にあったことを知ってほしい」と話した。(有岡英俊)
(2022年5月24日朝刊掲載)
京都や福岡の学生たちが72年2月に手作りで店を開き、米国の反戦運動家の別名などから「ほびっと」と名付けた。ログハウス風の店内にボブ・ディランの曲が流れ、全国から訪れる若者のたまり場になった。
若者たちは開店前の71年5月、米軍機の離陸を阻もうと基地近くでたこ揚げをした。「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」運動の一拠点となり、開店の3カ月後には過激派との関連を疑う警察の家宅捜索を受けた。米軍の兵士たちも出入りし、基地は有害と判断して喫茶店への立ち入りを禁止した。
開店から半世紀。常連客の集いは21日にあり、全国から28人が参加した。「米兵も増えて基地は大きくなったのに、動きが見えなくなった。それが当たり前となり、危うさを感じる」。岩国市の児童文学作家岩瀬成子(じょうこ)さん(71)は現状を憂えた。昨年から基地に外来機の飛来や大型艦船の寄港が相次ぐのを街は平然と受け止めていると映る。同市内で長年メガネ店を営む植野昭さん(78)も「(2010年に)滑走路が沖合に移設されたのを機に基地は強くなった」と不安を口にした。
参加者からは、沖縄での座り込みなどを今も続ける反戦活動の報告もあった。当時、岩国東教会の牧師で若者たちを支援した田口重彦さん(87)=山梨県北杜市=は「戦争を日常に感じながら個に目覚め、生きることの大切さを学んだ」と出会いの意義を語った。初代マスターの故中川六平さんを継ぎ、76年1月の閉店までマスターを務めた岩国市の冨田裕明さん(73)は「戦争に加担したくない思いは、周囲にも理解されていた」と振り返った。
参加者は半世紀ぶりに岩国基地前に立ち「NO WAR」と書いた横断幕を掲げた。元店員で集いを呼びかけた鷲野正和さん(71)=福岡県福津市=は「ロシアによるウクライナ侵攻など世界の情勢が悪化する今こそ、ほびっとが岩国にあったことを知ってほしい」と話した。(有岡英俊)
(2022年5月24日朝刊掲載)