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連載・特集

[ウクライナ侵攻 被爆地の視座] 広島大大学院 人間社会科学研究科 片柳真理教授(57)

復興の経験 積極発信を

 ロシアによるウクライナ侵攻は紛れもなく国際法違反だ。ただ、ロシアが暴挙に踏み切る前に、国際社会は北大西洋条約機構(NATO)の東への拡大を懸念するロシアの思いを真剣に受け止めるべきだったといえる。ロシアからすれば、NATOの軍事力は大きな脅威なのだから。ウクライナがNATO加盟に動き出した時点で、武力攻撃に走ってしまうことは十分に考えられただろう。

 NATOとしても、加盟国が増えればロシアの脅威が小さくなると考えていたのかもしれない。だが、その考えは核兵器の前では成り立たない。たとえNATOが勢力を拡大し続けたとしても、対立するロシアが核兵器を持っていれば、世界の平和と安全保障を一瞬で崩せるのだと、世界は再認識させられた。

 2001年から03年まで、在ボスニア・ヘルツェゴビナ日本大使館で専門調査員として働いた。旧ユーゴスラビアの紛争で国民の約半数が難民となったボスニアを飛び回り、戦いで荒れ果てた地に戻ってきた人の収入創出に取り組んだ。農機具の購入資金を贈ってグループで営農してもらうなど、生活再建策を住民と話し合い、支援した。

 侵攻によって、ウクライナ各地で大規模な破壊が続いている。復興プロセスは長くなる。日本政府をはじめ国際社会には、伴走的にサポートしてもらいたい。ただ支援金を渡すのでは一度きり。どんなサポートが今後のために必要なのか、住民と一緒に考えるべきだ。住民が自ら考え、行動することが復興の力になる。

 避難民の受け入れを巡っては、「治安が悪くなりそう」「なんだか怖い」と考える人も少なからずいるだろう。これは根拠なくつくり上げられたイメージだ。なぜ紛争が起きているのか。なぜ国を追われなければならないのか。私たちは世界に目を向け、正しい知識を得るよう努めなければならない。あいさつといった小さなことからでも、避難民と関わろうとする姿勢が大切だ。

 とりわけ広島に住む人には、交流サイト(SNS)などを通じ、被爆地の復興の経験を積極的に発信してもらいたい。目の前の惨状に悲しんでいるウクライナの人々に、勇気や希望を与えられるだろう。

 平和とは何か、平和をどう守るのか。簡単には答えが出せない問いが続く。平和について伝えたからといって、すぐに相手の変化を生みだせるものでもない。発信を続けることで、平和や人権を基本として物事を考える人を増やしたい。(聞き手は高橋寧々)

かたやなぎ・まり
 横浜市出身。英ウォーリック大大学院法学研究科博士課程修了。在ボスニア・ヘルツェゴビナ日本大使館の専門調査員や国際協力機構研究所の主任研究員を歴任。14年、広島大に着任した。専門は国際法と平和構築。

(2022年5月25日朝刊掲載)

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