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社説・コラム

『潮流』 首脳の表情

■報道センター社会担当部長 城戸収

 オバマ大統領の笑顔がみるみる消えた。2015年4月、米ワシントンのホワイトハウス。首脳会談を終えた安倍晋三首相を見送っていた時のことだ。笑顔で別れたが、車列に向けられた表情はすぐに素に戻った。その落差に驚いた。

 「ケミストリー(相性)が合わない」と言われた2人。首相周辺は「今回は会談で『バラク』『シンゾウ』と呼び合った」と喜んでいた。前年の共同記者会見では、オバマ氏だけが安倍氏をファーストネームで呼ばなかったからだ。

 親密さが増したのなら、オバマ氏はなぜ、あんな表情をしたのだろう。当時、環太平洋連携協定(TPP)交渉が難航していた。2人は早期妥結を確認したが、米側の思惑通りに進まなかったのかもしれない。

 政治は言葉だ。首脳の言葉はひときわ重い。しかし複雑な問題ほど明確に語らない。本音と建前を使い分ける。記者はそれらの隙間を埋めるため取材する。いつ、どこで、誰に、何を、どう語ったか。表情も本音を探る情報の一つだ。

 16年5月、オバマ氏は現職の米大統領として初めて広島を訪れた。原爆投下への謝罪はなかった。その後の核政策からも訪問の賛否はある。ただ原爆慰霊碑前での演説で「核なき世界」への思いを感じた。何より「約束」を守った。09年の初来日時、被爆地訪問の意欲を述べていた。

 来年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)の広島開催が決まった。核兵器を持つ米英仏を含む首脳たちが被爆地に集う。原爆で焼き尽くされた街であった平和記念公園に立ち、率直な思いを語ってほしい。

 ウクライナへ侵攻したロシアが核兵器使用をちらつかせ、威嚇を続ける。国際政治の緊迫を理由に、「核兵器廃絶を」と口にしないかもしれない。ならば核被害の現実を前に、せめて表情で本音を見せてほしい。

(2022年5月26日朝刊掲載)

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