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連載・特集

被爆60周年 明日の神話 岡本太郎のヒロシマ 第4部 息づく精神 <上> 人気再燃

権威に頼らず自己貫徹

本も復刻 若者つかむ

 近年、岡本太郎の再評価は著しい。著作の復刻や評伝、評論の新刊が相次ぎ、若い世代からも熱い支持を集めている。岡本の何が、今の時代を生きる人々の心をとらえているのか。原爆をテーマにメキシコで描かれた壁画「明日の神話」に息づくその精神を、あらためて見詰めたい。(道面雅量)

 「私は、岡本太郎の遺志を継ぐ。いや、『岡本太郎になる』―」。美術評論家の山下裕二・明治学院大教授は、著書「岡本太郎宣言」(平凡社)にそう記すほど、岡本への思い入れが深い。今月八日、広島市中区の広島県立美術館であったトークイベントでも、その魅力を縦横に語った。

 山下さんが高く評価するのは、岡本の「まっすぐさ」「まっとうさ」だ。画家としても論客としても、権威に寄りかからず、自分の責任で徹底的に自己表現した、その姿勢である。

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 例えば岡本は、山下さんが専門に研究している雪舟の作品を「芸術ではない」と酷評した。その見解に山下さんは賛同しない。しかし、お決まりの評価をなぞることのない岡本のまなざしこそ、「縄文の美」をはじめ埋もれた日本の宝を探し当てた、とみる。

 「岡本太郎になる」との宣言は、美術の”業界人”として権威を再生産するのではなく、自分の目で見て自分の言葉で語るという山下さんの決意表明である。そして、まっすぐな自己表現の勧めは、誰にとっても切実なメッセージだろう。「虚飾に満ちたバブル経済期、岡本は忘れ去られていた。今、再び求められていることに希望を感じる」と山下さんは語る。

 このイベントは、中区のギャラリーGで「明日の神話」の下絵を披露した「岡本太郎展」を記念して開かれた。山下さんは、核の火に焼かれるがい骨を美しく描いたこの壁画にも、「原爆=悲惨」という図式に寄りかからない岡本の自由な精神を見る。

 岡本が亡くなった一九九六年当時、その著作はほとんどが絶版になっていた。しかし、川崎市岡本太郎美術館が開館した九九年ごろから復刻が相次ぎ、今では関連本も含め約八十冊が新刊で手に入る。

 画文集など岡本関連の本を七冊手掛けた二玄社(東京)の編集者、結城靖博さん(45)は「岡本さんの絵や言葉、生きざまは、『もっと自由に生きていいんだ』という勇気をくれる。今の社会に息苦しさを感じる若者の心に響く」と人気の背景を説明する。

 これらの本の監修をほぼ一手に引き受け、岡本の再評価をけん引した岡本太郎記念館館長の岡本敏子さんが、四月に七十九歳で急逝した。しかし、結城さんは「記念館、美術館という情報発信の拠点ができた今、一過性のブームには終わらない」とみる。

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 高まる人気は、「明日の神話」を日本に移送・修復するプロジェクトにも力を与えている。人気スタイリストの伊賀大介さん(28)が提唱し、岡本ファンが手作りのTシャツを出品した「TARO―T」展は、収益を壁画の運搬費に充てる目的で東京、名古屋、広島などを巡回。俳優の浅野忠信さん、歌手の一青窈さんら著名人も寄せた計百六十一枚のシャツが完売した。

 ギャラリーGの「岡本太郎展」でも、運搬費の募金に二十三万円余りが寄せられた。壁画展示の候補地である広島からのラブコールともいえる。

(2005年5月26日朝刊掲載)

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