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連載・特集

緑地帯 村上満志 バス弾きのつぶやき②

 東京芸大に無事合格できたが、合格の喜びとともに、これでコントラバスを演奏する生活からは逃れられないとの思いが強かった。

 芸大2年の時、日本のオーケストラ界に大事件が起きた。日本フィル(日本フィルハーモニー交響楽団)の解散である。

 少々不謹慎かもしれないが、2回目の大学生活で親にも支援を頼みづらい貧乏学生にとっては、オーケストラが二つに分かれたことによって双方のオーケストラがエキストラを必要とし、出演の機会が増えたことは経済的にも助かった。さらに、モーツァルト、ベートーベン、ブラームスなど多くの作曲家の作品に出会えたことはコントラバス奏者として生きていく上で大変貴重な経験だった。

 モーツァルト交響曲第40番の、いきなり始まるバイオリンのテーマを導き出すコントラバスとチェロの一音の快感。ベートーベン交響曲第9番「合唱付き」第4楽章のレチタティーボ(叙唱)では、コントラバスとチェロは雄弁に語りかける。オーケストラのなかでコントラバスが果たす役割はいろいろあるが、かつてある先輩が語った言葉「バスの頭打ちでバイオリンやフルートが綺麗(きれい)な旋律を弾いてくれると最高だね」が語り尽くしているようにも思う。

 しかしプロオーケストラで演奏を始めたばかりの当時の私は、一端のオーケストラ弾きのつもりでいながらも、自分の演奏に対し「作品のもつ時代様式など、音楽文化を勘違いした演奏をしているのではないか?」という漠然とした不安感を持っていた。(東京混声合唱団参与=広島市出身)

(2022年6月1日朝刊掲載)

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