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連載・特集

緑地帯 村上満志 バス弾きのつぶやき③

 芸大在学中、ベルリン・フィルが来日する度に、コントラバス首席のライナー・ツェパリッツ先生のレッスンを受ける幸運にめぐまれた。芸大入試でお世話になったN響の先生の個人的な紹介と、芸大が組織として公開講座を開いてくれたおかげである。

 ツェパリッツ先生は当時、ベルリン・フィル楽員代表をしていて、かの帝王カラヤンから演奏でもオーケストラ運営でも大きな信頼を得ていた。190センチ以上ある大きな身体を折り曲げて、日本人学生の身長に高さを合わせた楽器を弾いてくださった。圧倒的な楽器の響きと音楽の雄大さを目の当たりにして、ただただ素晴らしいとは思いながら、自分のコントラバス演奏との違いをどのように理解し受け止めればよいのか分からず、困惑するばかりだった。

 バッハの時代から300年以上かけて受け継がれ、そして音楽家だけではなくそこに住む人々によって育まれてきたドイツの音楽文化がその演奏で語られていることが、当時の私には理解できなかった。しかし、エキストラ出演ではあるが日本のプロオーケストラで演奏を始めたばかりの私が持っていた、自分の演奏に対する違和感の答えが先生の演奏の中にあることは感じていた。

 その当時はツェパリッツ先生のレッスンを通して、ドイツというよりベルリンへの憧れだったが、その地でコントラバスを、そして音楽を勉強したいという想(おも)いは募るばかりだった。しかし、その日の生活に追われる貧乏学生には留学は夢のまた夢だった。(東京混声合唱団参与=広島市出身)

(2022年6月2日朝刊掲載)

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