×

連載・特集

緑地帯 村上満志 バス弾きのつぶやき④

 2回目の大学生活で就職に対して焦りがあったのも事実だが、オーケストラでのエキストラ出演が続く自然な流れで、芸大3年の終わり頃、東京都交響楽団の入団試験を受け、仲間に入れてもらった。だが、オーケストラに入ったからといって、自分がクラシック音楽を演奏することへの不安がなくなるものではなかった。

 芸大4年の秋にドイツ政府の給費留学試験に運良く合格することができた。ドイツへの留学機会を得たことはその時の自分にとっては何ものにも代え難いものだった。アンカレジ経由の飛行機がハンブルク空港に近づき、眼下に見えたドイツの大地、緑色の芝生は今も鮮明に憶(おぼ)えている。

 ベルリンでの留学生活はフィルハーモニーザールで初めてベルリン・フィルの演奏を聴いたとき、その凄(すさ)まじい演奏によって、微(かす)かに持っていた「自分もオーケストラ奏者」という自負が粉々に砕かれることから始まった。

 谷底から這(は)い上がるような1年間の留学生活は、ツェパリッツ先生の自宅でのレッスン、そしてコントラバス仲間との切磋琢磨(せっさたくま)に身を入れた。しかし何よりも得難かったのは、ベルリン・フィルの演奏会、ベルリン・ドイツ・オペラでのオペラ公演、同じ街にある国境を越えて訪れる東ベルリンの国立歌劇場の公演を鑑賞した経験だった。演奏する人と一体となって喜びを享受する聴衆がいて、その空間が「音楽の文化」となっている。他の芸術がそうであるように、音楽の文化はそこに生活する人とともにあるということを体験できた。(東京混声合唱団参与=広島市出身)

(2022年6月3日朝刊掲載)

年別アーカイブ