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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「無援の海峡」平岡敬著(影書房)

「責任」巡る問い 古びず

 40年近く前の書だが、その問い掛けは全く古びない。むしろ過去から痛いところを突かれているようで、身の置きどころがない気持ちにさせられる。

 在韓被爆者の窮状を先駆けて報じた元中国新聞記者平岡敬さん(94)が、1960~80年代の寄稿や講演録を自らまとめた論考集である。貧困と社会の無理解に苦しむ被爆者らの実情をつづり「なぜ朝鮮人が被爆しなければならなかったのか」との問いを提示する。著者が育った朝鮮半島の植民地支配に始まる日本の戦争責任を含め、私たちの歴史に対する視点の欠落を告発した一冊といえよう。

 ページを割くのが、著者も支えた孫振斗裁判を巡る経過と、この裁判が持つ意味についてである。〈孫さんの存在を通して被爆朝鮮人に対する日本の歴史的責任を明らかにしたい〉。熱い筆致で記す。

 広島で被爆し、治療を求めて70年に密入国した孫さんが被爆者健康手帳交付を求めた裁判は78年、画期的な最高裁判決を勝ち取る。原爆医療法(被爆者援護法の前身)には「国家補償的配慮が制度の根底にある」とし、被爆当時は日本国籍だった朝鮮人被爆者に対する救済責任を示唆する内容だった。

 日本政府が自らの責任を認めようとしない姿勢は、米国に原爆投下責任を問わないこととも表裏一体だろう。原爆投下は国際法違反、との東京地裁判決を63年に導き出した「原爆裁判」など、被爆者の闘いをたどる後半は、読む者をヒロシマの原点に引き戻す。

 悲しいかな時は流れても政府の姿勢はそう変わらない。向き合う私たちはどうか。折々に本書を開き、自問を重ねなくてはと思う。

これも!

①鄭根埴・編/晋珠・採録/市場淳子訳「韓国原爆被害者 苦痛の歴史」(明石書店)
②中島竜美編著「朝鮮人被爆者 孫振斗裁判の記録」(在韓被爆者問題市民会議)

(2022年6月6日朝刊掲載)

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