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社説・コラム

広島と平和 鋭く切り込む 小山田浩子さん 初のエッセー集 日々の暮らしも独特の感性で

 広島市在住の芥川賞作家小山田浩子さん(38)が、初のエッセー集「パイプの中のかえる」(写真・ignition gallery)を出版した。独特の感性で日々の暮らしを切り取るだけでなく、広島の平和教育や社会問題にも正面から向き合った。(桑島美帆)

 ベランダで飼っていたヤゴの羽化を15分おきに観察し、濃い鮮やかな黄色のトンボになるまでを書き留めた「ヤゴ」、インターネットショッピングで散々悩んだことをつづった「買い物が苦手」―。2020年7~12月に日本経済新聞夕刊で連載した23編と、書き下ろし2編を115ページに収めた。

 デビュー作「工場」や14年に芥川賞を受賞した「穴」など、これまで出した小説でも、家父長制度の名残や非正規雇用の矛盾などを浮き彫りにしてきた小山田さん。今回のエッセー集では、平和問題に鋭く切り込んでいる。

 新聞連載が被爆75年の節目と重なったこともあり、広島の平和教育については3編にわたり思いを吐露する。幼稚園や小学校で平和学習を受け、被爆者の話を聞き、千羽鶴を折りながら「平和の大切さ」を学んできた広島の人々。なのに、「それが支持政党や投票率に大きく影響しています、という風には実はまったくなっていない」と政治への関心が低いことに危機感を抱き、「なにが平和教育じゃ」と辛口だ。

 さらにエッセーでは、「具体的になにをすれば平和に近づくのか、戦争を起こさないようにするにはどうすればいいのか学んだだろうか?」と問う。「核兵器禁止条約に日本が参加していないことを本来はもっと疑問に感じるべきで、理想を言えば広島の投票率は7、8割あってもいいはず。やっぱり平和教育のゴールは政治に関心を持つことでは」と話す。

 94歳になる父方の祖母は入市被爆者。子どもの頃から時折、市中心部で見たという残酷な光景を耳にしてきた。小学生になったわが子も、学校で平和学習を受け、原爆の日には、「お母さんも黙とうするんよ」と言うようになり、「この出口はどこなんだろう、と考えるようになった」と振り返る。

 「原爆が投下された広島は、カープを希望になんとかここまでやってきた」と小山田さん。その広島で生まれ育ち、小説を書く限り「どの作品も、決して広島と無関係な作りごとではない」と力を込める。ロシアのウクライナ侵攻を機に、夫と運営するツイッターでは、最近、つぶやきの末尾に「戦争反対。絶対反対」と付けるようになった。

 一方で、「ヒロシマ」そのものを作品化するには至っていない。「戦争や原爆を書かなきゃと思うとうまく言葉が出てこなかった」からだ。「今後はどんな形になるか分からないが、小説として書かなきゃいけないと思う。祖母や誰かの話を聞き、視座を自分の近くに置いて書くのがいいのかもしれない」と思いを巡らせている。

あす広島でサイン会

 「パイプの中のかえる」の発刊を記念した小山田さんのサイン会が5日午後1時、広島市中区小網町の書店兼カフェバー「りんご堂」である。小山田さんが午後3時まで店内に滞在し、販売分の新刊にサインをする。持参した小山田さんの著書も対象。りんご堂☎090(8607)1447。

(2022年6月4日朝刊掲載)

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