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社説・コラム

天風録 『古里を追われた人たち』

 集合住宅や学校、病院まで容赦ない砲撃にさらされ、帰る場所を失って国境を越える人たち…。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって100日余り、無差別攻撃のニュースが絶えない▲そんな現状にひときわ心を痛める人の話を札幌で聞いた。北方四島の一つ、国後(くなしり)島生まれの野口繁正さん。「住んでいる所を壊され、逃げるのもやっとのようだ」と避難者の無事を願う▲3歳の時の自身の記憶と重なるのだろう。1945年秋、ソ連兵が集落に現れ、家族らと島を脱出した。大嵐と夜陰に乗じて木材運搬船で北海道の本土を目指した。エンジントラブルで船が流されたものの、数日がかりでたどり着く▲当時の話を祖父母や父母に聞くなどして島での生活や歴史を語り始めて20年余り。四島返還の厳しさは覚悟の上だ。「生きている間には返ってこないと思う。それでも声を上げ続けないと」。自らを奮い立たせている▲今は元島民らでつくる千島歯舞(はぼまい)諸島居住者連盟の副理事長の要職にある。悩みは被爆地広島とも共通している。2世は3千人くらいいても、活動に加わっているのは1割程度という。何とか記憶を未来につなぎたい。力による支配を認めないために。

(2022年6月15日朝刊掲載)

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