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[核兵器禁止条約 第1回締約国会議] 廃絶へ 世界始動 21~23日 ウィーンで開催

露侵攻 高まる使用リスク

 核兵器の保有や使用、威嚇などを全面的に禁じる初の国際条約「核兵器禁止条約」の第1回締約国会議が21~23日、オーストリア・ウィーンで開かれる。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で核兵器使用のリスクは高まり、核抑止への依存も深まっている。広島の被爆者たちの悲願である核兵器廃絶への道筋をつけるための取り組みが本格化する。会議のポイントや被爆国である日本政府の姿勢を整理した。(小林可奈)

廃棄や撤去の指標が焦点 交渉や検証の国際機関も

 締約国会議には、批准国と、オブザーバーとして参加する国の代表者たちが出席。条約が掲げる核兵器廃絶や核被害者の救済をどう進めていくか具体的に話し合う。被爆者や非政府組織(NGO)、松井一実・広島市長、田上富久・長崎市長たちも現地に集い、議論を後押しする。

 条約では、核兵器保有国や自国内に他国の核兵器を置く国が、核兵器を廃棄、撤去する期限を初回の締約国会議で決めると規定している。核兵器廃絶に向けた指標をどう打ち出すかが焦点の一つとなる。また、条約は第4条で廃棄について「交渉や検証をするための、法的権限のある国際機関を指定する」としており、この国際機関についても議論が交わされる見込みとなっている。

 第6条で定める核兵器の使用や実験による被害者の支援も議題となる。旧植民地の住民や先住民を含む被害者を、年齢や性別で差別することなく救済し、汚染された環境を修復する方策を探る。

 ウクライナに侵攻したロシアは、核兵器の使用を示唆。この脅威に構える形で軍事非同盟を維持してきた北欧のスウェーデンとフィンランドは5月、欧米の「核同盟」である北大西洋条約機構(NATO)に加盟を申請した。核兵器への依存が強まる国際情勢に対処するためにも、条約第12条が定める条約への参加促進も議題の一つになりそうだ。

 締約国会議には、条約に入っていない国もオブザーバーとして参加できる。オブザーバーは意思決定に関われない一方、発言や意見書の提出は可能となる見通しだ。NATOに加盟するドイツとノルウェーはオブザーバーとして参加する予定。NATO加盟国で核超大国の米国は参加しないよう圧力をかけたとされるが、核兵器廃絶を目指す各国と協調を図る両国の発言も注目される。

 スウェーデンとフィンランドもオブザーバー参加を予定する。一方、同じく条約を批准していない日本は、オブザーバー参加しない見通しとなっている。

 会議ではこのほか、核軍拡の加速に警鐘を鳴らす「政治声明」を出し、保有国に軍縮遂行を求める見通しとなっている。条約を運用するための「行動計画」もまとめるとみられる。「核兵器の終わりの始まり」とされる条約が実効性を高めるため、各国の代表と市民たちが知恵と力を合わせることになる。

背を向け続ける日本

批准せず

オブザーバー参加も消極的

 日本政府は、核兵器禁止条約に背を向け続けている。条約に批准せず、締約国会議へのオブザーバー参加にも消極的な姿勢を示している。

 日本政府は、核兵器廃絶を核兵器保有国と非保有国の橋渡しに努めながら進めるとしており、条約に保有国が参加していないことを理由に挙げる。安全保障を米国の「核の傘」に依存していることも背景にある。被爆者たちは、被爆地選出の岸田文雄首相(広島1区)に条約へ参加するよう強く求めている。

 「核兵器のない世界」の実現をライフワークとする岸田首相。昨年10月の就任後、禁止条約について「核兵器のない世界への『出口』とも言える重要な条約」と評価。核兵器廃絶という目標に共感を示した。ただ、政府の従来の主張に沿うように「核兵器国の協力が必要だが、一カ国も参加していない」などとして条約を批准しようとせず、初回の締約国会議にオブザーバー参加もしない見通しだ。

 今年5月の日米首脳会談後には、来年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)の広島開催を表明。「広島ほど平和へのコミットメント(関与)を示すのにふさわしい場所はない。核兵器の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓いを世界に示す」と述べた。一方で、米国が核兵器と通常戦力で日本防衛に関与する「拡大抑止」の重要性も強調した。  首相は、年内に世界の政治指導者たちを広島に招いて「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」を開く。あくまで条約とは別の枠組みを重視する。

 条約制定は、核兵器の非人道性を訴えてきた広島の被爆者たちの悲願だった。核兵器廃絶を訴えながらもその条約に参加しない姿勢を貫く日本政府に対し、被爆者からは「矛盾している」との声が上がっている。

被害全容 今も不明

実験2000回以上 補償不十分

 締約国会議では、核実験の被害者の救済も大きな論点の一つとなる。

 核実験は1945年7月に米国が史上初めて成功して以来、世界で2千回以上行われてきた。人口密集地を避けた遠隔地で実施されたが、そこにも島民や先住民が生活していた。「死の灰」と呼ばれる放射性降下物を浴び、がんや白血病などの被害が相次いだ。実験は当時軍の機密で、全容は今も明らかになっていない。補償も不十分だ。

 「フランス国民は負債がある」。2021年7月、フランスのマクロン大統領は同国領ポリネシアを訪れ、核実験の被害の責任を改めて認めた。1966~96年、ポリネシアの環礁で、計193回。白血病などの発症が相次ぎ、住民は対応改善を訴え続けていた。

 風向きが変化したのは2021年3月。調査報道機関が機密解除された軍の文書を分析し、汚染の影響は住民約11万人に上る恐れがあるが、実際に賠償を受けたのは63人にとどまると指摘。マクロン氏は現地で「遠い太平洋の真ん中で行えば(本土とは)影響が異なると考えた」と釈明、補償制度を改善し、公文書も開示すると表明した。

 核実験の最多は米国で千回超。旧ソ連も1989年までに、中央アジア・カザフスタンのセミパラチンスク核実験場で456回。米ソそれぞれの実験場周辺ではがんの発生増加の報告があるが、時間の経過もあり、実態の解明は進んでいない。

 静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」も被曝(ひばく)したマーシャル諸島・ビキニ環礁での米核実験でも、補償を受けられた住民はごく一部だ。

 中国新疆ウイグル自治区の実験場でもがん発病率が非常に高いとの指摘がある。オーストラリアの先住民アボリジニも英国の実験で被曝。除染を終え、2009年にようやくアボリジニに土地が返還された。

核兵器禁止条約
 核兵器の開発、保有、使用などの一切を禁止する初の国際条約。前文には「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記し、核兵器の使用や実験による被害者の支援や環境汚染の修復などを締約国の義務とする。オーストリアなど核兵器を持たない国が非政府組織(NGO)などと連携して成立を主導。2017年7月、核兵器を持たない122カ国・地域が国連の交渉会議で賛成し、採択された。20年10月に批准国・地域が発効要件の50に達し、21年1月22日に発効した。現在の批准は62カ国・地域。米国やロシアなど核兵器を持つ9カ国のほか、米国の核抑止力に依存する日本などは参加していない。

(2022年6月15日朝刊掲載)

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