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社説・コラム

社説 PKO法30年 日本らしい貢献探る時

 自衛隊の本格的な海外派遣に道を開いた国連平和維持活動(PKO)協力法がきょう成立30年を迎えた。1992年のカンボジアから、計29件に延べ約1万2500人の要員を派遣。非軍事的な活動に専念し、陸上自衛隊の施設部隊を中心にインフラ整備などに当たってきた。

 国論が割れた制定当時に比べ、国際貢献の手段として派遣を容認する国民が増えたのは確かだろう。実際にはさまざまな危険や苦難を伴った。背景には民族や宗派の対立が絡み合う紛争の形態の複雑化がある。

 PKOの役割も停戦監視や復興支援から、危険な状態に置かれた市民の保護にシフトした。必要最小限の武力行使など独自の「参加5原則」を満たす活動地域は少なく、2017年に南スーダンから撤収して以降、部隊派遣はない。これまでの活動を総括し、国際貢献の意味を問い直す議論が求められる。

 5年強に及んだ南スーダンPKOでは最初の2年間、治安が比較的安定していた。ところが13年以降は内戦が激化。実際には命の危険と隣り合わせだったことが、部隊が日々の活動を報告する日報で判明した。

 日報の隠蔽(いんぺい)問題も浮上し、当時の稲田朋美防衛相らの辞任に発展した。撤退間際に「駆け付け警護」の新任務を付与するちぐはぐな対応もあった。派遣先で何が起きているのか分からない状況では国民の合意形成やチェックが機能しようもない。

 PKO協力法の本旨を忘れたかのような運用もあった。ロシアの侵攻が続くウクライナの避難民へ支援物資を届ける計画への自衛隊機活用である。

 輸送先は避難民を受け入れる隣国のポーランドとルーマニアで、政府は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の要請で、同法に基づく「人道的な国際救援活動」だと説明する。

 ところがUNHCRが自衛隊機を指定したわけではない。自衛隊機を飛ばすことでウクライナ支援に取り組む姿勢をアピールする狙いだったとみられる。民間機も選択できたはずだ。中継地に予定したインドに、友好関係にあるロシアへの配慮から拒否される事態も招いた。

 国連の機能不全が指摘される中、欧米諸国の枠組みによるウクライナ支援活動への自衛隊派遣を要請されることも想定される。なし崩し的な対応とならぬよう、政府は国民への説明を尽くさなければなるまい。

 変質するPKOに日本はどう関わっていくべきなのか。

 現在はPKO司令部への要員派遣やアジア、アフリカのPKO派遣国に対する能力構築支援に取り組む。岸信夫防衛相は記者会見で「大部隊の派遣ではなく、重要なノウハウをしっかり伝えることに支援の中心が移っている」との認識を示した。

 15年に安倍政権の下で安全保障関連法が成立。自衛隊と米軍の一体的運用が地球規模に拡大する一方、政府内でPKOへの関心が低下している状況を岸氏の発言は裏付ける。

 だが国連の名の下に平和構築や紛争後の国再建を支援するPKOの意義は色あせていない。軍事面だけではなく、民生支援や行政機構の再生など最前線でなくても担える分野もある。

 憲法9条を礎とする平和主義に基づいて、日本らしい国際貢献の在り方を探る時だ。

(2022年6月15日朝刊掲載)

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