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社説・コラム

『潮流』 次代への種まき

■報道センター経済担当部長 寿山晴彦

 水田を望む古民家に子どもが駆け込んでいく。東広島市西条の町外れ。今春、一軒の塾ができた。広島大大学院で教育を学んだ台湾出身の鄭(てい)立民(りつみん)さん(39)が開き、「遊学館」と名付けた。地域の小中学生十数人が学校の勉強を補うために通う。

 鄭さんは当初、外国人のための塾を開こうと考えた。しかし「学習の悩みは外国人に限らない」と門戸を広げた。勉強の遅れを気にする親子を「世界を見れば、学びには多様なルートがある」と励ます。山間部や離島にも塾を開きたいと語る。

 留学生としてたまたま広島を訪れた青年が、地域の学びを支える。鄭さん自身も、来日した十数年前には想像しなかった。留学生の受け入れとは、そういうことなのだろう。

 留学生が気の毒―。新型コロナウイルス禍、外国人の入国を止める「鎖国政策」でこんな反応が聞かれた。鄭さんの活動を見て考えた。本当に気の毒なのは誰だろう。

 コロナ禍の2年間、鄭さんのようになるはずのさまざまな人材を私たちは失った。留学後に帰国する人も世界と地域をつなぐ架け橋となる。ヒロシマの歴史を広める人もいるだろう。そんな地域の応援団の恩恵を受けられなくなるのは、今、塾で学んでいるような次の世代である。多くはまだ、政治に声を届けることができない。

 鎖国政策を多くの人が支持した。2月の共同通信の世論調査。3月からの入国制限の緩和について「早過ぎる」と考える人は45%に達した。既に世界保健機関(WHO)は、渡航制限に「効果がない」と解除や緩和を求めていた。

 目の前の危険に目を配りながらも、未来をしっかりと見据える。そんな「複眼」を保つのは難しい。コロナ禍の教訓だろう。遠い将来に咲く花のために、種をまき続ける社会でありたい。

(2022年6月16日朝刊掲載)

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