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連載・特集

緑地帯 丸古玲子 呉本こぼれ話④

 呉弁満載、フツーのガイドブックには載っていない呉がいっぱい。これは「呉本」を発刊した際のキャッチコピー。あまりに呉弁を翻訳していないため、「呉以外の人に理解されないよ?」と心配してくれる向きもあった。

 が、私は呉弁を通したかった。そこは譲れないと思った。

 今でこそ東京に暮らし「どこの出身?」とお国なまりゆえのあからさまな聞かれ方はなくなったが、上京したてはいろいろあった。忘れもしないのは「たう」が通じなかった場面である。大学で演劇研究部に入った私は、夏公演のために建てるテント状の野外ステージ造りもがんばった。10メートル近くの頂上は無理だが、5、6メートルくらいなら鉄柱を登り暗幕を張っていく。あるところまで張り進めると、暗幕を引っかけるのに届かない箇所があった。

 「すみません、たいません」。地上にいる先輩に言った。「え?」と返される。あれ、聞こえなかったのかなと音量を上げ「たわない、たいません!」。しかし「ええ?」を繰り返す先輩。仕方がないなあと私は鉄柱を降りる。そして先輩の眼前で「あそこ、たわないんです」と至極冷静に伝えると、「ごめん、意味がわからない」と気の毒げに言われたのだった。

 ぐはー、脱力した。同時にとても驚いた。「たう」が呉弁(広島弁)だったなんて知らんかった!

 そんな経験も影響したのかわからないが、「呉本」シリーズの呉弁は確信犯である。地のことは地の言葉でつづりたい。そういえば大和波止場にも確信犯と思(おぼ)しき表示があるので探してみてほしい。(ライター=呉市出身)

(2022年6月15日朝刊掲載)

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