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核兵器禁止条約 締約国会議を前に <5> 広島市 松井一実市長(69) 理想実現へのバイブル

現実と調整 政治の仕事

  ≪ウクライナに侵攻したロシアが核兵器の使用を示唆した。対抗手段として、核兵器保有や「核の傘」に入ることを容認する意見が各国で台頭している。逆風が吹く中で、第1回締約国会議が開幕する。≫
 核兵器廃絶は理想として正しいが、核兵器が現存する以上、自国の安全確保を優先するとの考え方が勢いを増している。先人たちが廃絶に向けてきた努力を無にしかねない、とんでもない事態だ。

 今こそ現状を冷静に分析するべきだ。一つの国家としてではなく、人類全体、地球全体の問題として絶対悪である核兵器をどうなくしていくか。核抑止という短期的な対症療法では、世界はますます不安定になる。長い時間軸で根本的な解決策を見いだそう。そういう問題提起が、締約国会議の柱となる。

  ≪被爆地選出の岸田文雄首相(広島1区)は、条約について「核兵器のない世界を目指す上で出口に当たる大変重要な条約」と評価している。≫
 岸田政権は条約の意義を認めた。ありがたい。以前の日本政府は、米国などが加盟する核拡散防止条約(NPT)を害するとして、条約に反対していた。核不拡散や核軍縮を進めるNPTが「入り口」、禁止条約が「出口」。岸田政権には、そう位置付けてもらった。

  ≪一方で日本政府は、締約国会議への不参加を表明した。核保有国が「一カ国も参加していない」などと説明し、未加盟国でも可能な会議へのオブザーバー参加を見送った。≫
 今は入り口で、出口を議論するタイミングではないということだろう。北朝鮮の核開発などを踏まえ、日本の安全保障を議論し、即効性のある対策が重要だということではないか。そういう対症療法的な議論自体を否定はしない。

 しかし、核兵器廃絶という理想に向けた方策も軽視するのではなく、少なくとも同時並行で進めてほしい。現実と理想を調整するのが政治の仕事だ。その象徴が会議へのオブザーバー参加だろう。不拡散から禁止、廃止へのプロセスの中で、条約に参加できる。

  ≪日本と同様に米国の「核の傘」の下にあるドイツやノルウェーは、オブザーバー参加を決めた。松井氏は、締約国会議出席に合わせて渡航するウィーンで、ノルウェーの軍縮大使と面会する。≫
 核兵器保有国は参加しないと分かりながら、理想を追求する場である締約国会議に参加する国がある。それならば、被爆者がいる日本も参加できるのではないか。核抑止力を基幹とする北大西洋条約機構(NATO)の加盟国、ノルウェーが、どういう整理をしてオブザーバー参加するとの判断に至ったのか。しっかりと聞きたい。一般化できる考え方があれば、日本の国情を踏まえて参考にできる点があるのではないか。

  ≪締約国会議では、初日にスピーチを予定する。≫
 核兵器禁止条約は人道的な立場に立ち、市民社会が望む真の平和を実現するためのバイブルと言える。その条約に期待し、二度と核兵器の被害を繰り返してはならないと願っているのが被爆者だ。時間は限られているが、その思いを世界中に広めたい。(久保田剛)=おわり

被爆地の願い 常に発信

 史上初めて市民の頭上に原爆が投下された広島市の市長は、一貫して世界の恒久平和と核兵器廃絶を訴えてきた。重要な場の一つが、毎年8月6日の平和記念式典で読み上げる平和宣言。被爆2年後の1947年、「原爆市長」と呼ばれた浜井信三市長が第1回平和祭で読んだのが最初だ。宣言は世界各国に送られ、会場の平和記念公園(中区)から被爆地の願いを国内外に発信してきた。

 核兵器禁止条約を巡って松井一実市長は2020年の平和宣言で、被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国となるよう日本政府に求めた。21年の宣言では、一刻も早く締約国となるよう訴えるとともに、第1回締約国会議に参加し、核兵器保有国と非保有国の橋渡し役を果たすよう要請した。

 市民や都市レベルでの核兵器廃絶に向けた機運の醸成にも力を入れる。松井市長が会長を務める平和首長会議の加盟都市は6月1日現在で、166カ国・地域の8174都市。緊迫するウクライナ情勢を受け、ドイツ国内を中心に加盟都市が急増した。21日に始まる締約国会議では、松井市長が平和首長会議の会長としてスピーチを予定している。

 来年には広島市で先進7カ国首脳会議(G7サミット)が開かれる。被爆地では初めて。市は核兵器保有国の米英仏の首脳たちが被爆者と面会し、原爆資料館(中区)を視察する時間を設けるよう求めている。

まつい・かずみ
 1976年に労働省(現厚生労働省)入り。高齢者雇用対策課長や中央労働委員会事務局長を経て2011年の広島市長選で初当選し3期目。広島市東区出身。69歳。

(2022年6月19日朝刊掲載)

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