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社説・コラム

天風録 『広島のゲーリー・クーパー』

 190センチを超す長身と精悍(せいかん)なマスク。米国の名優ゲーリー・クーパーは戦前から世界中で愛された。大人の恋を描く出世作「モロッコ」など主演映画は広島の繁華街、中島地区の映画館でも上映され、人気を集めたらしい▲その映画館で看板を描きつつ家族が営む喫茶店を手伝う青年がいた。藤本周三さん。長身、役者ばりの顔立ちで「広島のクーパー」と呼ばれる。日米開戦の前だろう。映画帰りに店で俳優談議をする人々が目に浮かぶ▲ハリウッド映画が戦争で遠のくことなど誰が想像したか。ましてや、この街ごと原爆で消え去るとは―。焦土に立つ卒塔婆の写真に藤本さん一家9人の名前が残るのを本紙記者が知り、知られざる家族の悲劇を伝えた▲27歳で命を落とした藤本さんのありし日の写真が何枚か残る。異名を少々意識したか、しゃれた帽子姿できりりと前を向くものも。3人の子どもを愛し、4人目の誕生を待っていた青年はどんな未来を見ていただろう▲喫茶店があった場所は世界中で知られる。現在の原爆慰霊碑辺りだ。爆心の街で何が起きたか、思いをはせてほしい。オーストリアで始まる核兵器禁止条約の締約国会議に集う国も、背を向ける国も。

(2022年6月21日朝刊掲載)

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