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社説・コラム

天風録 『消防精神の神髄』

 日本の消防界には、こんな漢詩が伝わる。出だしは〈天裂地崩不足駭(てんさけちくずるともおどろくにたらず)/猛火洪水何逡巡(もうかこうずいなんぞしゅんじゅんせん)/…〉。天が裂け地が崩れようとも驚かない。大火事や洪水になろうと何で、ためらうものか▲そんなモットーから国境を越え、手助けする国際消防救助隊もある。ただ天変地異ならいざ知らず、今のウクライナには救いの手をじかに差し伸べることがかなわない。戦時中だからだ。隊員は歯がみしているだろう▲軍事侵攻をしつこく繰り返すロシアから今度は、ウクライナ中部のショッピングセンターにミサイルが撃ち込まれた。千人を超える買い物客がいたと聞く。阿鼻叫喚(あびきょうかん)の惨状だったに違いない▲現地から届く写真には、ホースを担いだりがれきを片付けたりする消防服姿が見える。普段なら当たり前でも今は非常時である。いつ砲弾が飛んでくるかもしれない。そんな中で勇気を奮い起こし、東へ西へと現場に向かう姿の何と頼もしいことか▲冒頭の漢詩も77年前の非常時に作られた。1945年6月、米軍の大空襲で市内の3分の1近い家々が焼かれた福岡で。ひるむことなく消火に当たる人々の姿に、吟詠愛好家が打たれたらしい。詩には〈消防精神〉の題が添えてある。

(2022年6月29日朝刊掲載)

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