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社説・コラム

『想』 中道紘二(なかみち・こうじ) 新藤兼人監督との約束

 新藤兼人監督と私との出会いは、広島市に映像文化ライブラリーが造られた時だ。40年前、東映の岡田茂社長(日本映画製作者連盟会長)の肝いりで35ミリ映画フィルムの購入が可能になり、急きょフィルムアーカイブとして中央図書館横に建設された。その際、新藤監督に収集フィルムの選定委員をお願いした。以来、さまざまな映画関係者を紹介してくださり、事業に協力いただいた。

 ライブラリーは750本に及ぶ日本の名作映画を収集し、現在も購入し続けている。映画は娯楽作品という面だけでなく、その時代を映像と音声によって記録表現する貴重な文化財でもある。フィルムは気温2~10度、湿度40%の環境で管理すると数百年は保存できるとされる。広島の収蔵庫は20度であり「養生室」もない。新藤監督は保存状態を心配され、収蔵庫の新設を機会あるごとに要望された。監督の存命中にこの約束をかなえることはできなかった。

 ライブラリーは名作映画のみならず、文化映画、無声映画、学生の自主制作映画の発表会など多彩なプログラムを展開している。また、国際アニメーションフェスティバル、平和映画祭など映像文化の発信拠点になっている。広島出身の若い監督もライブラリーの影響を受けて育った。後輩たちの活躍を新藤監督はいつも喜んでおられた。

 東京・神田の岩波ホールが、7月に閉館することが決まった。「広島の岩波ホール」を目指し、多様な日本の名作映画を良い雰囲気で鑑賞できるライブラリーの存在は、高く評価されるであろう。良質な作品を見ようと、世界の映画研究者やアニメ愛好者たちが広島を訪れる。新藤監督の「原爆の子」をはじめとする原爆映画も収集され、それを上映し世界に反核、平和を映画を通して発信している。

 現在、ライブラリーの移転が検討されている。収蔵庫や上映室が完備された世界に誇れるライブラリーを完成させてほしい。そして、新藤監督と私の約束を果たしてほしい。(元広島市映像文化ライブラリー館長)

(2022年3月11日セレクト朝刊掲載)

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