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連載・特集

逼迫に値上げ…見えぬ恩恵 電力自由化6年 

競争導入 供給責任後退 燃料高 再エネ普及で火力廃止も

 厳しい暑さが続く中、中国地方で電力不足の懸念が高まっている。中国電力の火力発電所の休廃止が相次いでいるほか、電源として見込んでいた島根原発(松江市)の再稼働が遅れているためだ。2016年の電力小売り全面自由化から6年。ウクライナ危機を背景に電気代も値上がりし、自由化の恩恵は消費者から見えにくい。「検証と改善が必要」との声が専門家から上がる。(編集委員・東海右佐衛門直柄)

課題

 「クーラーをできるだけ使わないようにしようと扇風機を買いに来ました。電力不足なので」。広島市中区の家電量販店にいた安佐南区の主婦佐竹真由美さん(64)は話す。「昔は電力不足なんてほとんど聞かなかった。電力自由化は何だったのか、と思います」

 16年に実施された電力小売り全面自由化。目的は競争の促進だった。それまで地域独占で大手電力会社が電気を供給してきたが、新規参入を促して、料金低下とサービス拡充を促す狙いがあった。

 目下の課題は電力不足だ。7月の中電管内の電力供給の余力を示す「予備率」は、経済産業省の推計で3・7%。安定供給に最低限必要とされる3%をぎりぎり上回る。しかし来年1月は1・9%と綱渡りの状況だ。ここ数年、電力不足の傾向が強まる。

 電気代もこの6年で値上がりしている。中電の月260キロワット時を使う標準家庭メニューでみると、7月は8029円。自由化前の15年7月と比べて約22%上がった。主な原因は燃料高騰で自由化とは関係がない。ただ、自由化後に割安メニューとして誕生した「ぐっとずっと。」プランスマートコースは、自由化前からある「従量電灯A」より8月は952円も高くなった。燃料価格の値上がりをより反映するためで、自由化の恩恵をますます感じにくくなっている。

供給力減の背景

 自由化で競争を促した結果、なぜ電力不足となったのか―。

 自由化前、中電など大手電力会社は、エリア内の全顧客への「供給義務」があった。電力の確保は至上命令だった。しかし自由化後は「自らの販売先に見合った供給力を確保する」ことを求められる形となり、エリア全体の供給に目配りする必要がなくなった。「安定供給に誰が責任を持つのかあいまいになった」との指摘がある。

 併せて、太陽光発電の急拡大により、火力発電所の稼働率が低迷。中電は5月下旬、稼働から年数がたち採算が悪化した下松発電所(下松市)など4基の廃止を発表した。経産省によると中電管内の夏期の供給力は16年以降の6年間で10%減っている。

 電力不足の傾向が続いているのに、電力の供給力が絞られる、ちぐはぐな事態となっている。

今後の展望

 ウクライナ危機を背景に電力不足や新電力撤退の課題が鮮明になり、企業や自治体に影響が広がる。自由化の功罪にはさまざまな見方がある。

 一方、「もっと長期の視点で見るべきだ。自由化の実施で終わりではなく、今後も競争環境を促すために検証と改善が要る」と都留文科大の高橋洋教授(エネルギー政策)は語る。

 国も目下の課題である供給力不足の解消へ本腰を入れつつある。6月に策定した電力需給に関する総合対策では、電源を公募して休止中の発電所の稼働を促すほか、追加の燃料の調達支援、企業や家庭での省エネ強化を進めることなどが決まった。

 資源エネルギー庁電力基盤整備課の担当者は「自由化後に見えてきた課題を、国がどうてこ入れしていくか議論を続ける。長期的な電力確保策を進めていく」と述べる。

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エネルギー問題に詳しい 安田陽 京都大特任教授

公平さ・透明性の仕組み不十分

 電力小売り自由化後に見えてきた課題に、今後どう対応するべきなのか―。エネルギー問題に詳しい京都大の安田陽特任教授(電力工学)に聞いた。

 ―電気代は上がり新電力も撤退が相次いでいます。電力自由化にどのような意味があったのでしょう。
 自由化の最大の目的は、これまで大手電力会社に地域独占を許してきた仕組みを変え、新規参入者にも公平で透明性が高い仕組みにすることだ。現在、見えている問題は自由化の失敗ではなく、ウクライナ危機など外的要因が大きい。電力市場は人間で言うと今は6歳くらいのレベル。上手に育てていく必要がある。

 ―どのような改善が必要なのでしょうか。
 公正な競争環境が十分に整っていない。大手電力は発電部門と小売り部門で「社内取引」をしている。社内取引と、電力市場向けとで、同じ条件・価格で電力を販売しているのか外部から分からず、公平性や透明性が保たれているとは言えない。

 ―現在の電力不足にはどう対応すべきでしょう。
 発電事業者は不採算の火力発電所を閉じており、全体の供給力が徐々に減っている。日本が現在採用している「容量市場」という制度は新規電源の投資を促すもので、今年来年の逼迫(ひっぱく)には間に合わない。例えばドイツなどは、休止中の火力発電所に国が金を出し、いざというときに発電してもらう「戦略的予備力」という仕組みだ。こうした制度も考えることが望ましい。

やすだ・よう

 67年東京都生まれ。94年に横浜国立大大学院で博士号(工学)を取得。16年9月から現職。電力工学が専門。著書に「世界の再生可能エネルギーと電力システム」など。

電力の小売り自由化
 大手電力会社による地域独占をやめ、電気の利用者が購入先を自由に選べるようにする制度。料金値下げやサービス向上を狙っている。2000年に大規模な工場や商業施設などの「特別高圧」が自由化され、04~05年に中小の工場やビルなどの「高圧」に拡大。16年4月に家庭や商店の「低圧」へ広がった。

(2022年7月2日朝刊掲載)

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