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社説・コラム

『想』 小松正幸(こまつまさゆき) 私の満州研究

 「建国大学」という大学名を聞いたことがあるだろうか? 今から80年余り前、満州国(現中国東北部)の首都新京に開学した満州国立の文科系大学である。その大学は日本・中国・朝鮮・モンゴル・ロシアの五族の若者が集い、新興国満州国の国づくりを目指すという。満州国と言えば日本の傀儡(かいらい)国家だ。関東軍が支配する満州国で「五族協和」などあり得るのか? これは調べなければいてもたってもおれないという思い込みで、私は30年近く勤めた地元のテレビ局を退職し、広島大総合科学部の門をたたいた。

 学部には1年半在学しただけで大学院に進学した。建国大学の先行研究は数冊の研究書しか出版されておらず、研究は困難を極めた。それは中国では満州国は「偽満」と呼ばれ、存在そのものが否定されているだけでなく、日本においても満州は戦争の負の遺産とされ、なかなか日の目を見ない研究分野でもあった。現存する史料は少ない。

 そこで私が採った研究法は聞き取りであった。文化人類学で言うフィールドワークである。通常はボイスレコーダーを使用するのだが、テレビ局出身の私はデジタルビデオカメラを用い、同窓会名簿を頼りに、生存している卒業生、同窓生を訪ね歩いた。顔の表情からも建大生時代の証言を読み取ろうと思ったからである。こうして中国人を含め10人以上の方から証言を集め、修士論文を完成させた。

 これまで建国大学は、満州支配の1機関に過ぎないとの論調が支配的であったが、異民族の同級生と友情を育んだ学生が確かにいた。そこにはほんの一瞬でも「五族協和」が存在したことを突き止めた。聞き取りから生きた証言を集めた私の修士論文は「学術論文とドキュメンタリージャーナリズムの中間」と評価していただいた。

 私は今でも大学院に在籍している。次は満州だけでなく、ハワイやブラジル等、日本人の移動、移民をよりグローバルに研究したいと思っている。私の研究生活はもうしばらく続きそうだ。(広島ホームテレビ社友)

(2022年4月16日セレクト朝刊掲載)

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