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社説・コラム

天風録 『佐野浅夫さん』

 テレビ時代劇の3代目「水戸黄門」さまも俳優人生のスタートは苦難続きだった。96歳での訃報が届いた佐野浅夫さん。戦時下、演劇を志して入った日本大芸術学部では、勤労奉仕や軍事教練ばかり。劇団に加わるも、召集される▲お国の赤い紙には勝てません―。役者を諦め、配属されたのが「肉迫(にくはく)攻撃隊」。爆弾を背負って敵の戦車に突っ込む捨て身の部隊だった。死を覚悟したが、派遣先の沖縄に行く船が次々に沈められたため、命拾いする▲逆に命を散らしたのが、かつての劇団仲間。広島で被爆し、全滅した移動演劇「桜隊」だ。隊員の仲みどりさんが瀕死(ひんし)の状態で東京に帰ったと聞き、会いに行く。40度近い熱で面影はなく、問いかけても返事はなかったという▲佐野さんと広島とのつながりは、意外にもまだある。広島大のペスタロッチー教育賞に、10回目の2001年に選ばれている。NHKラジオ「お話でてこい」で、童話の語り手を4千回以上も続けたことが評価された▲広島出身の作曲家と仕事をした縁で府中市の小学校歌の作詞も手掛けた。♪明るく平和な思い出をみんなで一緒に育てよう…。戦争や原爆に振り回された半生の苦悩が染みてくる。

(2022年7月6日朝刊掲載)

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