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連載・特集

緑地帯 村中李衣 絵本の読みあい あっちそっち③

 5月の連休に娘夫婦が農園に遊びにやってきた。娘婿ジュンは社会政策の研究者で韓国人でありながら日本人の私たちより日本の歴史や文化に詳しい。夕食が終わり、ほろ酔い気分の彼と「からすたろう」(偕成社)を読みあった。

 山道を長い時間かけ毎朝毎晩一日も休まず登校し続けた少年のちびは、みんなにバカにされていたが、卒業前の学芸会でカラスの鳴き声を見事に披露したことで誰もが彼の過ごす山奥での生活に思いを馳(は)せ、彼に対する見方が変わっていく。独特の色使いと思い切った構図が印象的な作品である。

 作者の八島太郎は日本の社会運動に挫折し日中戦争後アメリカに移住。太平洋戦争勃発後は厭戦(えんせん)パンフや日本軍降伏を呼び掛ける宣伝ビラを作成した。誤解や無理解・差別のまなざしの中、望郷の念を抱き続けた画家の思いがこの絵本に凝縮されている。

 さて、黙って耳を傾けていたジュンは、私が本を閉じても何も言わなかった。「どうだった?」と聞くと「う~ん」。見かねた娘が「いい話やん。カラスとしか話し相手がなかったってとこがミソやね」と口をはさんだ。すると、「日本ではそもそもカラスは今のように忌み嫌うものではなかったはず。ヤタガラスは、日本神話にも登場する導きの神としてあがめられていたし」とジュンはクール。

 「ぼくには、もしちびが鳴きまねをして過ごした相手がカラスでなくハトであってもみんなの心はこんなに動いたかが気になります」

 なるほど読者も無意識にカラスを感動の標的にしているのかなぁ。(児童文学作家・ノートルダム清心女子大教授=岡山市)

(2022年7月6日朝刊掲載)

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