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連載・特集

緑地帯 村中李衣 絵本の読みあい あっちそっち④

 89歳になる叔母は、幼くして母親と死別し、淋(さび)しい少女期を送った女性だ。官僚一家だったから貧しい暮らしを強いられたわけではないが新しい母親や異母兄弟との折合が悪く苦労したらしい。中学に上がる時には制服を新調してほしいと言い出せず、自分で小学校時代の服の丈を伸ばして着ていたと聞いたことがある。我慢強く泣いたところなど見たことがない気丈な叔母も去年から施設に入所、一人息子はめったに顔を見せないので、時々私が様子を見に行く。

 今日は「ちいさなはくさい」(小峰書店)を読みあうことにした。

 畑のはずれに育った小さな白菜は、仲間の白菜たちが八百屋に運ばれていくのにひとり取り残され打ちひしがれるが、優しい柿の木に見守られ「たくさんのゆきのよるとこおりのあさ」をやり過ごす。そしてやがて訪れた春の陽だまりの中「きんいろのかんむりのような」花をいっぱい咲かせる。

 叔母は小さな白菜の運命に「まぁ」と嘆息しながら絵を見つめる。

 雪の降りしきる空の下、頭にこんもり雪をのせた小さな白菜がぽつんと描かれた画面を見てつい「おばちゃんも独りでよく頑張ってきたよね」と言ってしまった。

 すると叔母は「い~や、別にどうってことはなかったけどねぇ」と言いながらぽろぽろぽろ涙を流した。あぁ、叔母にも一人でいい、絵本の中の柿の木のように傍らで「大きくおなり」と見つめてくれる人はいただろうか。光こぼれる春の日を一緒に喜んでくれる人がいただろうか。痩せた背中をさすりながらそんなことを想(おも)った。(児童文学作家・ノートルダム清心女子大教授=岡山市)

(2022年7月7日朝刊掲載)

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