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社説・コラム

天風録 『没後100年の鷗外』

 入試で問題が解けず、困り果てる夢は何年たっても見る。自分の場合は国語だった。40年前に落ちた大学が出題したのは森鷗外の「空車」。むなぐるま、と読ませ、文豪の難文中の難文らしい▲作家と二足のわらじの陸軍軍医総監を、54歳で辞した直後の随筆。街で馬が引く荷車を取り上げ、「この車は一の空車に過ぎぬ」などと、空車を巡る持論を語る。あまりに抽象的で、解釈を問われてもお手上げだった▲「空車」とは何なのか。作家で精神科医の加賀乙彦さんは、鷗外自身と見立てる。医学も創作も思うに任せないとの自嘲であり、乗り越えて大きく才能を開花させたのは晩年からだ、と▲60年の生涯、研さんを続けた鷗外はあす没後100年。「舞姫」「高瀬舟」などが教科書に載る一方、夏目漱石と比べ入試の出題は減ったようだ。総じて作品は難しい。それでも読み継ぎ、糧とする若者は確かにいる▲その一人が芥川賞作家の大学生、宇佐見りんさん。中学1年の時、ネット検索中に「山椒大夫」と出合い、姉弟が人買いにさらわれる物語に感情移入したという。同じような素直な気持ちで、名作の数々を読み直したい。「空車」による苦手意識は棚に置いて。

(2022年7月8日朝刊掲載)

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