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社説・コラム

社説 安倍元首相銃撃死 政治家へのテロ 許せぬ

 言語道断の蛮行に強い怒りを覚える。参院選終盤のきのう、安倍晋三元首相が演説中に銃撃され、死亡した。戦後、首相経験者が殺害された例はない。言論に対する最悪のテロ行為であり、到底許されない。

 安倍氏は自民党候補の応援で奈良市に入っていた。銃所持が厳しく規制されている日本で白昼、このような凶行がまかり通るとは信じられない。心から冥福を祈りたい。そして、二度と繰り返してはならない。

言論封じる暴力

 市民の面前で、警備の隙を突いたような事件はあまりに衝撃だ。政策を語り、それを聞こうと人々が集まる公共の場である。言論を封じる暴力の極みであり、日本の民主主義への挑戦にほかならない。

 逮捕された奈良市の41歳の男は、安倍氏の背後から手製とみられる銃で2度発砲した。奈良県警の調べに「元首相に不満があり、殺そうと思って狙った」などと供述しているという。

 いかなる動機であっても許されない。銃をどこで造り、いかにして持ち込んだのか。背後関係は何なのか。計画性はあったのか。男は元海上自衛隊員とみられる。自宅からは爆発物の可能性があるものが見つかった。速やかに捜査してもらいたい。

非難の声相次ぐ

 岸田文雄首相は「卑劣な蛮行であり、断じて許すことはできない」と述べた。野党党首らからも非難する声が続いた。当然である。

 投開票を2日後に控えた前代未聞の事件に、閣僚、各党幹部や候補らが街頭演説を一時、取りやめた。自由な選挙活動への影響は看過できない。

 まさに暴力行為が民主主義を揺るがした。自由にものが言えなくなる、そんな社会でいいはずがない。意見の対立があっても、いかに批判があろうとも、言論には言論で対応するのが、まっとうな社会であろう。

 安倍氏の首相在任期間は、2度の政権を合わせて8年8カ月と歴代最長である。特に2012年からの第2次政権では大きな足跡を残した。

 集団的自衛権の一部行使を容認する安全保障関連法を成立させ、戦後日本の安全保障政策を大転換させた。異次元の金融緩和でデフレ脱却と経済再生を目指すアベノミクスを打ち出しし、消費税の税率を2度引き上げ10%にした。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げ、首相外交にも力を入れた。

最年少で首相に

 振り返れば記憶に残る政治家であった。岸信介元首相を祖父に持つ政治家一家に育ち、1993年衆院選の旧山口1区で初当選。首相には初の戦後生まれ、戦後最年少の52歳で就いた。持病の潰瘍性大腸炎で辞任しながらも再登板を果たした。

 おととしの退陣後には自民党最大派閥の安倍派会長に就任。党内に強い影響力があり、憲法改正などに意欲を見せていた。それゆえ今回の参院選も激戦区を中心に全国を遊説していた。

 日本で首相や大物政治家を狙う襲撃は繰り返されてきた。戦前は1932年に犬養毅首相が海軍の将校らに殺害された五・一五事件などが起きた。戦後も当時の社会党委員長が演説中、右翼の少年に短刀で刺され死亡した。その後も首相たちが殴られたり銃撃されたりしている。

 地方では15年前、被爆地の長崎市長選で、遊説を終えた伊藤一長市長が暴力団組員に銃撃され亡くなった。安倍氏への銃撃で改めてテロの危険が浮き彫りになった。

 最近もネットを含むヘイトスピーチは絶えず、元衆院議員の事務所の窓ガラスが壊される事件なども起きた。主義主張が異なる人々への嫌悪感情を、暴力や脅迫に結びつける風潮が事件の背景にありはしないか。だとすれば、絶対に容認できない。

 まだ参院選の期間である。警察当局の警備や警護に穴はなかったのか。岸田首相は二之湯智国家公安委員長に対し、確認と強化を指示した。民主主義の根幹である自由で公正な選挙は、絶対に守り抜かなければならない。ひるむことなく、最後まで論戦を続けてもらいたい。

(2022年7月9日朝刊掲載)

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