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連載・特集

緑地帯 村中李衣 絵本の読みあい あっちそっち⑥

 この春に家族となった長男のお嫁さんと絵本を読みあった。

 お嫁さんの実家が我(わ)が家から車で15分の距離だったのは、まったくの偶然。結婚後もしょっちゅう両方の家を行き来して楽しそう。

 選んだ絵本は「まっててね」(童話屋)。お嫁に行った姉が久しぶりに戻り、家にいた時とは別人のような素敵(すてき)なレディーになって母親と大人の会話をする。それを見て主人公の少女が「わたしもあそびにきてもいい? いまにねえさんみたいになって」と母親に問いかける。少女の大人になるのを夢見る気持ちと「まってるわ。あいたくなったらいつでもきてね」と優しく微笑(ほほえ)む母親の気持ち。その両方がストレートに伝わってくる大人のための絵本と言える。

 私の横でうんうんとうなずきながら、繊細な筆遣いに見入っているお嫁さんに絵本の中のお母さんのせりふを隠し「なんて言ったと思う?」と聞いてみた。

 すると、「そんなこと言わないで、かな?」と首を傾(かし)げた。「そうだよね。いずれはその日が来るとしてもその日までは言わないで、だよね」と私が言うと「はい。わたし、ほんとに良かったぁ。またあそびにきてもいい?って、言わずにすむ距離で…」。そういって、くしゅっと鼻をすすった。

 気持ちがよくわかった上で、わざと「いやいや、挨拶(あいさつ)は大切よ。百回でも千回でも『またあそびにきていい?』って言えばいいじゃない。そうして近くても、ちゃあんとうちの家族になってよね」と言った。すると「はあい」と素直な返事が返ってきた。ふふふっ。 (児童文学作家・ノートルダム清心女子大教授=岡山市)

(2022年7月9日朝刊掲載)

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