×

社説・コラム

著者に聞く 「ひろしまの満月」 中澤晶子さん 若者の命断ち切るのが戦争

 被爆地を訪れる修学旅行生の平和学習に20年以上携わってきた児童文学作家が、子どもたちに届く言葉で「戦争がもたらす喪失感」を描いた。生々しさや残酷な描写はない。だが、77年前の広島で何が起こったのか、遠く離れたウクライナで今何が起きているのかを喚起させる。

 あの日の「証言者」は、人間の言葉が話せる不思議な亀の「まめ」。ずっと空き家だった民家へ引っ越してきた小学2年生の「かえでちゃん」に、戦時中、この家で暮らしていた一家のことを語り始める。

 おかあさんが作ったお弁当を持って、建物疎開作業へ出かけた中学生の「みのるくん」が帰って来なかったこと。来る日も来る日も焼け跡を歩き、最愛の息子を探し続けたおかあさんが見つけたのは、黒焦げになった弁当箱と制服のボタンだけだったこと…。

 一発の原爆が、すべてを破壊し、街の至る所で家族を引き裂いた。その史実が「まめ」の口から静かに、切々と語られる。「子どもが理解できる言葉で戦争の理不尽さを伝えたかった」。物語に登場する大きな池は、原爆資料館の本館辺りにあった誓願寺の「ひょうたん池」から着想した。黒焦げの弁当箱、少し欠けたボタンは、原爆資料館が収蔵する遺品を基に描いた。

 父親の転勤に伴い、中学生の時に広島市へ移り住んだ。被爆教員、被爆2世の友人に囲まれて思春期を過ごし、前身の女学校が市内最大の原爆犠牲者を出した舟入高へ進学した。ヒロシマの継承は「私の人生で通奏低音のように流れている」。

 被爆75年の2020年に出版した「ワタシゴト 14歳のひろしま」(汐文社)、その続編ともに、戦争の記憶を物語の柱に据えた。本作の「まめ」と「かえでちゃん」のやりとりはほほ笑ましく、心温まるが故に、12歳で命を絶たれた「みのるくん」の無念さが一層際立つ。「夢や希望もある若い人の命を絶ち切るのが戦争。勝者も敗者もない」。いまだに戦争で若者の命が失われ続けている今、その真実を子どもたちに問う。(桑島美帆) (小峰書店・1320円)

なかざわ・しょうこ
 1953年、名古屋市生まれ。91年「ジグソーステーション」で野間児童文芸新人賞受賞。広島市東区在住。

(2022年7月3日朝刊掲載)

年別アーカイブ