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社説・コラム

『潮流』 政治家の顔

■呉支社編集部長・道面雅量

 あまりの衝撃に、取り急ぎのお悔やみの言葉すら見つけ出せないでいる。安倍晋三元首相は、私が2007年に東京支社に赴任して、記者として初めて接した宰相だった。

 「お友達内閣」とやゆされもした第1次政権。当時の慣例だった、1日2回の短時間の「ぶら下がり会見」では、特定の社に明らかに冷淡な態度をとるなど、首をかしげたくなることもあった。

 閣僚の不祥事などが相次ぎ、同年7月の参院選で自民党は大敗。安倍首相は9月12日、臨時国会で所信表明演説をしてわずか2日後というタイミングで退陣を表明した。同24日、都内の入院先で会見し、「体調不良が最大の要因」と力なく述べた。

 2年半で転勤した私にとって、元首相に会見で直接質疑したのは、この時が最後だったと思う。戦後生まれで初、最年少での首相就任という高揚から、転がり落ちるような退陣。政治家の面影さえ失ったような、失意の姿が目に焼き付いている。その後、首相に再登板し、歴代最長の政権を担うとは夢にも思わなかった。ただ、この時の屈辱と内省こそが、返り咲きから7年8カ月、首相の重責を担い得た意志と胆力に結びついたことは疑いようがない。

 20年8月、2度目の退陣会見はテレビ画面で見た。「持病の再発」との理由説明に07年の光景がよみがえった。だが、ロシアとの平和条約や憲法改正について「志半ばで職を去ることは断腸の思い」と語った表情は、あの時と同一人物とは思えない「政治家の顔」だった。

 支持者と非支持者との溝が深かった元首相。いかなる政治家であったのか、冷静な評価が容易に定まるとは思えず、時間がかかることだろう。ただ、参院選を終えて国会の新勢力図が固まった今、「安倍政治」の遺産にどう向き合うか、すぐさま問われそうなのも確かだ。

(2022年7月12日朝刊掲載)

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