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連載・特集

緑地帯 村中李衣 絵本の読みあい あっちそっち⑧

 20年前のことだ。喧嘩(けんか)ばかりする兄妹に頭にきて台所でダンダンとコンニャクを叩(たた)いていたら、2人がそおっと「絵本読んで」。絵本を読んでる間だけは母親の機嫌がいいことを2人とも知っている。

 ガオーッと吠(ほ)えたい心境だったので「だくちるだくちる」(福音館書店)を無表情に読み始めた。地球に初めて誕生した恐竜イグアノドン。火山の爆発音だけで誰の声もしない世界に、ある日プテロダクチルスという小恐竜が現れともだちになる。「だくちるだくちる」というプテロダクチルスの歯をきしらせ唸(うな)る声が、この地球で最初の詩だったという壮大なドラマ。

 さていざ読み始めると、古代火山のどがーんどがーんという爆発音を吐き捨てるように声に出した直後「ずーっとむかしは やかましいけどさびしかった」というナレーションが待っている。そして「イグアノドンはさびしかった」。

 すると、息子が「はじめから自分ひとりしかおらんのに、さびしいとかわかるんかな?」とぽつり。「ひとりぼっちだったからじゃない?」と私が答えると娘が「はじめからひとりぼっちやったら、ひとりぼっちってわからん」。兄は妹をにらんで「マネするな」。妹も負けずに「マネじゃないもん」。またまた取っ組み合いの勃発だ。いい加減にしなさい! と言いながらふと、これも2人がふたりでいられることを確かめあう我が家だけの詩なのかなぁ~と思った。

 先日この絵本を本棚に見つけた息子が「おっ、なつかしいなぁ。おれらの本じゃ」と声を上げた。おれらの本だって。なるほどね。 (児童文学作家・ノートルダム清心女子大教授=岡山市)=おわり

(2022年7月13日朝刊掲載)

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