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社説・コラム

社説 英首相退陣へ 問われた政治の信頼感

 英国のジョンソン首相が辞任を表明し、事実上の後任となる保守党の党首選が始まった。

 6月下旬、ドイツでの先進7カ国首脳会議(G7サミット)に出席した直後であり、来年は広島サミットに来ると思われていた。親交が深かった岸田文雄首相にも驚きの事態だろう。

 「英国のトランプ」とも呼ばれたジョンソン氏は過激かつ根拠に乏しい発言で物議を醸す半面、以前には国民から強い支持を受けていた。欧州連合(EU)からの離脱交渉を巡って英政局が混乱した2019年に首相・保守党党首に就き、総選挙で歴史的大勝を果たしてEU離脱を一気に実現させた。

 最近ではロシアの侵攻を受けたウクライナへの支援をいち早く行うなど、国際社会で英国の存在感を高めていた。その豪腕政治家が退陣に追い込まれたのはなぜか。政策の中身というより政治家としての信頼を自ら失墜させたことに尽きる。

 根底には新型コロナウイルス感染症を巡る立ち居振る舞いがある。ロックダウンを断行して国民に厳しく行動自粛を迫りながら、首相官邸などでは規定違反のパーティーが何度も開かれた。ジョンソン氏は虚偽の説明や言い逃れを繰り返し、自らも警察から罰金処分を受ける。コロナに苦しむ国民の怒りにさらされたのも当たり前である。

 さらにウクライナ情勢から物価が高騰し、国民の不満が募るさなかに次の問題が発覚する。保守党幹部のスキャンダルだ。過去に説明を受けていたのに、「知らなかった」とジョンソン氏がまたも責任回避を図ったことが、火に油を注ぐ。

 6月の保守党の信任投票を乗り切っていたジョンソン氏は続投に意欲を示したが、閣僚ら政権幹部の50人以上が辞任したことで政権は内部から崩壊する。まさに自業自得だろう。

 9月5日の結果発表まで続く党首選はまず下院議員の投票が繰り返される。ジョンソン氏の退陣の引き金を引いたスナク前財務相が序盤では優勢という。政治空白はできるだけ避け、円滑な政権移行を望みたい。

 何より国際社会との結束を乱すべきではない。ウクライナ問題にとどまらない。ジョンソン氏が安全保障や経済分野で日本と連携を強化して臨もうとした対中国政策もそうだ。離脱後も対立するEUとの向き合い方、独立論がくすぶるスコットランドへの対応も問われよう。内に向けては、物価高対策をどうするかが待ったなしだ。

 ここにきてG7のイタリアも物価高騰対策などを発端に、政権運営の危機にある。連立与党の足並みが乱れ、ドラギ首相が大統領に辞表を提出した。受理されず、続投の見通しだが混乱は尾を引く恐れがある。

 日本も決してひとごとではない。岸田首相は参院選の圧勝で政権運営に自信を深めた。とはいえ先の見えない物価高などの難題に直面する点で、各国の事情と変わりはないはずだ。

 一つ言えるのは真の政治の安定は国民の信頼感から生まれることだ。逆に言えば政治家には誠実さと倫理観が厳しく求められる。ルール違反、うそ、ごまかし。見苦しい振る舞いが政権に目立てば、どんな政策もすぐに説得力を失いかねない。そのことを英国の突然の政変から学んでおくべきではないか。

(2022年7月16日朝刊掲載)

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