×

社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 夏の読書スペシャル 児童文学の世界 大人こそ

戦争の記憶 迫る意味

 4月に始まったこのコーナー。今回は児童書やヤングアダルト作品を取り上げる。

 夏休みを前に、子どもたちに読ませたいなどという「親心」からではない。私自身がこうした作品に目を通すたび、大人こそ読むべきだと強く思うから。

 児童文学を「子ども向け」だと軽く見る向きもある。しかし若い世代の感性に届く言葉を選び抜き、構成された物語の世界は深遠だ。子どもは時に大人より鋭く現実を透視する。そんな読者に向けつづられた本は多くの気づきを与え、思考を促してくれる。

 敗戦から77年。あの戦争を題材にした本はあまた存在する。今回はあえてノンフィクションを避け、物語から選んだ。出版年が古くて入手が難しい本や、世代を超えて読み継がれる言わずと知れた作品も取り上げないことにした。

 ロシアによるウクライナ侵攻で、世界は軍拡に向いているように見える。そんな時こそ戦争がもたらすものに目をこらしたい。

 では、想像力の扉を開く本の旅へお付き合いを。

 被爆者である知人にこう言われたことがある。「この世の地獄を自分の目で見た人と見ていない人の間には、越えられないクレバスがあるのよ」と。原爆というとてつもない暴力が生んだ惨状は、どんなに想像力が豊かで表現力にたけた人をもってしても表象不可能だと伝えたかったという。

 確かにそうかも。それでも私は、戦争体験のない世代が表現を通して想像力で記憶に迫り、胸に刻むことに大きな意味があると信じる。

 広島市出身の朽木祥さん著「彼岸花はきつねのかんざし」(学研教育出版)は、そんな「クレバス」を溶かす入り口になりそうな一冊だ。単行本と絵本版がある。

 主人公の女の子は竹やぶで子ギツネと出会う。ほのぼのと始まる物語はやがて登場する「B29」「警報」といった言葉から戦時下の話だと分かる。そしてある朝「ものすごい光」と「ドーンという音」。子ギツネは姿を見せなくなる―。

 親しい誰かとのつながりがにわかに断ち切られる悲しみはいつの時代も変わらぬ心情だろう。読者は物語を通じ、現実には見ていない「あの日」に近づく。

 朽木さんは「光のうつしえ」(講談社)「八月の光 失われた声に耳をすませて」(小学館)でも、一人一人の日常から原爆が奪ったものを丁寧に描き出す。

 たった1発の原爆が生身の人間にもたらした悲惨を直接語れる人が少なくなる中、「継承」に示唆を与えるのが、広島市在住の中澤晶子さん著「ワタシゴト」(汐文社)と続編に当たる「あなたがいたところ」(同)。いずれも主人公は14歳の修学旅行生。それぞれに悩みや問題を抱える生徒たちが被爆地を訪れ、原爆資料館で遺品と向き合う。広島に残る被爆建物や遺構を歩く。この世にいない「あなた」の体験に、五感で迫っていく。

 「あなたが―」の白眉はかつて修学旅行生として同じ場所を訪れた引率教員たちの描写だ。大人になった教員の目に映るヒロシマ。年を重ね、人生経験を積んだいまこそできる継承があるのだと気付かされる。

 あまたの命を奪った原爆は、当の投下国でどう受け止められているか。小手鞠るいさん著「ある晴れた夏の朝」(偕成社)は、多様な背景を持つ米国の高校生8人が、原爆投下の是非についてディベートする物語だ。生徒たちが多角的に迫った原爆観に触れるうち、読む側も討論の場にいるような錯覚に陥る。多様な声に耳を傾けることは、誰かの痛みに目を向けることにもつながる。

 戦争の痛みは原爆に限らない。令丈ヒロ子さんは「パンプキン!」(講談社)で、原爆投下の訓練として米軍が落とした「模擬原爆」を題材に。小学5年の主人公が大阪に投下された模擬原爆について知り、自由研究を試みる。「練習で人殺すて、ひどくない?」「知らないことはこわいこと」。子どもが語る言葉にハッとさせられる。

 「なきむしせいとく」(童心社)は田島征彦さんが、沖縄戦を1人の少年の目から描いた絵本。九死に一生を得ても苦しみや悲しみは戦後も続く。幼い語りから沖縄の不条理がまざまざと伝わる。

 中脇初枝さん著「世界の果てのこどもたち」(講談社文庫)は、旧満州(中国東北部)で出会い友情を育んだ3人の少女の半生を描いた長編。高知から開拓団としてやってきた珠子、朝鮮人の美子(ミジャ)、横浜の裕福な家庭で育った茉莉。3人は戦争によって中国残留孤児、在日朝鮮人、戦争孤児として別々の地で生きることに…。

 城戸久枝さんの「じいじが迷子になっちゃった」(偕成社)は、中国残留孤児だった父親の激動の人生を、子から孫へと語り継ぐ設定で歴史に迫る。

 戦闘は終わっても、戦争がもたらした悲しみや苦しみは続く。これらの物語は、77年前の8月15日でリセットされたかのような歴史の捉え方に一石を投じる。

 海の向こうの戦争は、私たちと無関係でないことも心に留めたい。岩国市在住の岩瀬成子さん著「ピース・ヴィレッジ」(偕成社)は米軍の戦争と共にある基地の町が舞台。そこに生きる子どもたちの目は、社会の構造に潜む暴力を見据えている。

これも!

 第2次大戦下のナチス・ドイツによるホロコースト、内戦、軍事独裁政権…。海外での出来事に目を向けるのに役立ちそうな本をいくつか紹介する。
 「エリカ 奇跡のいのち」(ルース・バンダー・ジー文、ロベルト・インノチェンティ絵、柳田邦男訳、講談社)▽「フェリックスとゼルダ」(モーリス・グライツマン著、原田勝訳、あすなろ書房)▽「ミスターオレンジ」(トゥルース・マティ著、野坂悦子訳、朔北社)▽「戦場のオレンジ」(エリザベス・レアード著、石谷尚子訳、評論社)▽「ペドロの作文」(アントニオ・スカルメタ文、アルフォンソ・ルアーノ絵、宇野和美訳、アリス館)▽「はじまりのとき」(タィン=ハ・ライ著、代田亜香子訳、鈴木出版)

(2022年7月18日朝刊掲載)

年別アーカイブ