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[ウクライナ侵攻 被爆地の視座] 痛みの歴史 共感が原動力 広島市出身・片山日本大使に聞く

小国モルドバがウクライナ避難民を受け入れる訳は

 ウクライナ南西部に隣接するモルドバは欧州最貧国の一つでありながら、ロシアに侵攻された隣国の避難民を積極的に受け入れている。諸大国に支配されてきた歴史があり、そこに刻まれた痛みに突き動かされるのではないかと、在モルドバ日本大使館の片山芳宏大使(64)=広島市佐伯区出身=はみる。ぎりぎりの支援を続ける小国の実情とは―。(編集委員・田中美千子)

  ≪モルドバは九州ほどの国土に約270万人が暮らす。ロシア侵攻後、その小国に52万人を超えるウクライナ避難民が押し寄せた。≫
 近隣国に逃れていった人もいますが、モルドバには今なお8万人前後がとどまっています。その9割は、ボランティアの一般家庭に身を寄せているのです。

 大規模産業も天然資源もない。モルドバは、他の欧州諸国やロシアへの出稼ぎ者が80万人とも100万人ともいわれる貧しい国です。それでも、助け合いの意識がひときわ強いと感じます。古くからトルコやロシア、ルーマニアなどの競争に巻き込まれ、国境が移り変わってきた歴史があるからか、人の痛みが分かるらしい。困っている人を放っておかないのです。

 政府は侵攻後すぐ、首都キシナウの大学寮や国際展示場を避難民に開放。市民も各所で炊き出しなどの支援を始め、命からがら逃げてきた女性や子どもを自宅に迎える動きも広がりました。その姿に心を動かされ、私たち大使館員も食材や衣類を提供しました。

  ≪モルドバは1991年、旧ソ連崩壊後に独立。現政権は親欧米派だが、東部には親ロ派住民が「沿ドニエストル共和国」を自称し、実効支配する地域を抱える。ウクライナ侵攻後の4月には、そこで不審な爆発が相次いだ。≫
 爆破の映像も報道され、緊張が走りました。「ロシアの工作か」などの臆測も流れましたが、真偽は不明です。幸いその後の混乱はないものの、現地には92年から1500人ともいわれるロシア軍が違法駐留しており、注視が必要です。

 国民にはロシアに侵攻されかねない、との漠然とした不安もあるようです。ウクライナの前線の一つ、港湾都市オデーサ(オデッサ)はモルドバ国境からわずか数十キロ先。万一の場合に備えてか、パスポートの新規申請者数が急増し、実際に近隣国の親戚や友人の元に身を寄せている人も多いと聞きます。

 生活への影響も出ています。モルドバはロシアへのエネルギー依存度が高く、例えば天然ガスのほぼ100%を輸入。電気やガソリン、公共交通料金は軒並み値上がりしています。さらにウクライナからの食品や工業製品の輸入も止まり、物価が高騰しています。

  ≪窮状を支える動きもある。日本政府は4月までに、ウクライナ避難民向けに計2億ドル(約276億円)の緊急人道支援を決定した。国際機関を通じ、モルドバのホスト家庭にも支給されているという。≫
 広島大などの専門家チームも国際協力機構(JICA)の派遣でモルドバ入りし、必要な医療支援を丁寧に調べてくれた。日本の非政府組織(NGO)の医師や看護師も気持ちの行き届いた支援を続けてくれており、誇りに思います。

 この悲劇を一刻も早く終わらせたい―。それが共通の願いでしょう。私にとってもウクライナは2004~08年に駐在した国。大好きな街が破壊され、罪なき人々が命を落としている今の状況は耐えがたい。日本は先進7カ国(G7)の一員として、最大限の外交努力を続けねばなりません。

 ロシアのプーチン大統領が核使用をちらつかせたのも残念でした。私の亡き母も被爆者です。国連常任理事国でもあるロシアの大統領は、発言の重さを認識して慎重であるべきです。

かたやま・よしひろ
 廿日市高を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。本省やルーマニア、米ニューヨークなどの大使館や総領事館に勤務。20年2月から現職。英語、ルーマニア語、ロシア語を話す。

(2022年7月22日朝刊掲載)

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