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社説・コラム

『潮流』 「平和ボケ」考

■論説委員 石丸賢

 「荒野に希望の灯をともす」と題した新作映画が、きょうから東京や大阪などで順次公開される。遠くアフガニスタンの地で3年前、凶弾に倒れた医師中村哲さんを追ったドキュメンタリー作品らしい。

 安倍晋三元首相銃撃事件の衝撃も冷めやらぬ中でのロードショーとは、不思議な巡り合わせといえる。

 争乱の中で病や貧困にあえぐ人々を支え続けた中村さん。安倍元首相との組み合わせで思い出す特集記事がある。戦後70年の2015年夏、20代のエッセイスト華恵(はなえ)さんと中村さんの対談が本紙に載った。

 「私なんか貧困も知らず、知ってるのはせいぜい『金欠』くらい。そういうのって『平和ボケ』に見えませんか」。バブル崩壊後に生まれた華恵さんが問いかけると、中村さんから思いがけぬ答えが返ってきた。いや、「積極的平和主義」をうたう方が一番の平和ボケです―と。

 当時の安倍政権が日米の軍事的一体化を推し進める際、正当化の根拠としていたうたい文句である。「いつでもリセットできる戦争ゲームのような、あり得ない議論をしています」

 あれから7年。ロシアのウクライナ侵略を受け、「対GDP比2%」程度を念頭に置いた防衛費引き上げ方針が浮上している。

 自衛隊は、ただでさえ慢性的な入隊者不足ではなかったか。戦闘機や艦船、関連の通信・情報システムといった防衛装備品を増やしても、誰が運用し、維持整備するのだろう。

 「平和ボケ」気味のわが頭でも、ぴんとくる。昨今、前のめりで議論の進む憲法9条への自衛隊明記が、貧困層を兵役に押しやる「経済的徴兵制」への地ならしに見えてくる。

 人生後半の35年間、中村さんはアフガンで日本の平和を問い続けた。戦火ではなく、どんな灯に希望を見いだしていたのだろう。

(2022年7月23日朝刊掲載)

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