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社説・コラム

『この人』 「ヒロシマ・アピールズ」ポスターを制作したアートディレクター 大貫卓也(おおぬき・たくや)さん

 スノードームの中央に平和の象徴である白いハトを据え、背中や地面には対局にある戦争や原爆、黒い雨を想起させる黒い粉を描いた。鑑賞者の想像力をかき立てる大胆な構図。ガラス越しでしか中を見られない点が、私たちに「傍観者ではないのか」と突き付けてくる。

 ポスターを通じて反核や戦争の悲しさを伝える「ヒロシマ・アピールズ」で、今年の制作を担当した。どうすれば原爆の脅威を、若者たちの心に、現実感を持って刻むことができるのか―。試行錯誤を重ねてたどり着いたのが、このデザインだった。

 日清食品の「カップヌードル」やサッカーJリーグのロゴマークといった広告やブランドイメージ作りを手掛け、カンヌ国際広告映画祭のグランプリなど受賞歴は多い。現在は多摩美術大(東京)の教授を務める。「普段の仕事では、考えがぶれることはほとんどない」と言い切る一方、「今回は二転三転し、苦悩した」と苦笑いする。

 戦後の東京生まれ。幼い頃は街中で負傷した帰還兵を目にし、母からは空襲の経験も聞いた。しかし、原爆投下から76年を迎えた今の若者たちは、被爆や戦争体験を直接聞く機会が限られている。広く関心を呼ぼうと、スマートフォンなどをかざすとドーム内の黒い粉が動く動画が流れる仕掛けをポスターに取り入れ「ライブ感」を追求した。

 長年生業としてきた広告作りの本質は「今日よりも、少しでも明るく楽しい未来を提示すること」だと信じる。「原爆にリアリティーを持たなくなってしまった世代の若者が、一瞬でも考え、想像する時間を持ってほしい」。東京都世田谷区で暮らす。(小林可奈)

(2021年7月11日朝刊掲載)

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