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旧満州での産業伝える「石炭」 日本が経営した炭鉱で採掘 大田で標本初公開 「現物の存在まれ」

 大田市大森町の石見銀山世界遺産センターで、中国東北部(旧満州)の撫順炭鉱で採掘された石炭とその関連製品の標本が展示されている。日本が炭鉱を経営していた当時の資料で、一般公開は初めて。石炭の標本は珍しく、研究者は「旧満州での産業史を物語る貴重な資料」としている。

 標本は、石炭や琥珀(こはく)、オイルシェール、石炭をもとにしたコークスや硫酸アンモニウムなど25点。縦38センチ、横28センチの木製の箱に入っている。資料に残るラベルには、撫順炭鉱の坑道名や採掘方法を示す「露天掘炭」などの表記が確認できる。

 同町の大森小の理科室に保管されていたのを、県立三瓶自然館サヒメル(同市)の学芸員で石見銀山研究会の中村唯史さん(54)が調査。標本の作製や保管の経緯は不明だが、1920~45年に収集された資料とみられるという。

 日本は日露戦争が終わった1905年から約40年間、撫順炭鉱の経営に関わった。鉱山に詳しい九州大の井沢英二名誉教授は「当時の石炭が現物として残っていること自体がまれ」とする。

 中村さんは「石見銀山が身近な地域だからこそ長く保管されてきたのではないか。歴史を知ってもらいたい」と話す。展示は8月29日までで、無料。(鈴木大介)

(2022年7月28日朝刊掲載)

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