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父への贖罪 書くことで ほぐれた心 本紙に投稿 広島県海田町の末広さん

原爆症で苦しんだ最期 明かす

 6月の明窓「父の日」特集には80通もの投稿が寄せられ、印象深いエピソードばかりだった。その中で直接会って詳しい話を聞いてみたいと思った人がいた。広島県海田町の末広紀恵子さん(82)。原爆投下から3週間後に亡くなった父への後悔の思いを、率直につづっていた。自宅を訪ねて当時の様子を取材するうちに感じられたのは、文字に書き起こすことによって得られる心の安らぎだった。(山田祐)

 「書き進めるうちに、ずっと心に引っかかっていた気持ちから解き放たれていくようでした」。これまで、被爆体験を俳句や詩に表してきた末広さんだが、父の記憶だけは明かすことができなかった。「詳細にしたためたのは今回が初めて」と、77年前を振り返った。

 広島市西区中広町にあった自宅で、両親と兄、2人の弟と暮らしていた末広さん。あの日の朝、庭で遊んでいたところ、爆風で隣の家まで吹き飛ばされた。1歳だった末の弟は即死。柱に押しつぶされたのだ。

 原稿中段に記しているのは、府中町にある母の実家にたどり着いた後のこと。父の山口龍一さん=当時(37)=が原爆症を発症した。病床から名前を呼ばれても近寄ることはできなかった。それは、「変わり果てた姿が、どうしても怖かった」からだという。

 父が亡くなった後は、母と兄、弟と懸命に日々を過ごした。22歳で結婚し、長男を出産したころから父への贖罪(しょくざい)の思いが強くなった。

 ことし5月、明窓特集の作品募集を見つけ、初めて文章にしようと思い立った。「手を握ってあげればよかった」。抱え続けていた切ない思いを紡いだ末に、「やっと父におわびができた」という心境にたどり着いた。

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「三業」整える営み 尊い

 最期にお父さんの手を握ってあげられなかったこと。末広さんの心に何十年も積み重なった後悔の重みは察するに余りあります。本当は何十万字使っても言い尽くせないのでしょう。それでも今回、約500字の文に紡いだ営みはすごく尊いと思います。その頑張りを思うと涙が出そうになります。

 気持ちを文章にすることで、自分の内面を言語化して秩序立てることができます。いろいろなものが入り交じった複雑な思いに居場所ができるのです。言語化していくプロセスそのものが、心を整理するために重要なことです。

 仏教では「身口意(しんくい)の三業(さんごう)」を整えることを大切にします。身業は身体の行為、口業は言葉、意業は心の働きを指します。

 気持ちを文章にすることは、自分でも把握しきれないような思いを一つの文脈へと落とし込んでいくことです。一つの流れに沿って自分の「心」を「言葉」にし、「体」を使って書き込んでいく。その姿はまさに三業を整えていく営みといえます。

 もう一つ利点があります。他の人と思いを共有できることです。

 愛する人に先立たれ、後悔を抱えて苦しみ泣き暮らしている人は大勢いらっしゃいます。自分でもよく分からないような感情が噴出することもあります。そんなときに自分の思いにぴったりと沿う言葉に出合うと救われたように思うものです。

 末広さんが何十年分もの思いを込めて書いた文章は、そうした人たちの胸を打って共感を呼ぶと思います。それは書き手自身の喜びでもあるはずです。

しゃく・てっしゅう

 1961年大阪府生まれ。大阪府立大大学院人間文化研究科の博士課程を修了後、浄土真宗本願寺派如来寺(大阪府池田市)の住職となる。兵庫大生涯福祉学部教授などを経て、現在は相愛大学長。分かりやすい仏教解説で知られ、テレビ出演や著作が多数ある。

(2022年8月1日朝刊掲載)

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