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社説・コラム

天風録 『被爆地の新聞社』

 言論の力を例え、「ペンは剣よりも強し」という。米国の原子爆弾に焼き尽くされた被爆地広島の新聞社はどうしたか。ペンや紙はおろか、新聞を刷る輪転機が駄目になった。何よりも本社員の3分の1が帰らぬ人となってしまった▲手前みそながら、そんな小社の戦災史を漫画「被爆地の新聞社」で振り返ることになった。その一編で、口伝(くでん)隊を取り上げた回をきのう、きょう本紙に載せた。ご覧いただけただろうか▲ペンと紙に代え、「声の新聞」を届けたのが口伝隊である。メガホン片手に声をからし、最後は決まって「決して心配はありません」と締めたという。民心の動揺を恐れる軍部の差し金だった▲ガリ版刷りの特報を焼け跡に張って歩いた記者もいる。手記には、仲間のつぶやきも書き留めてある。顔を洗うたび、爆風で食い込んだガラスのかけらが肌からのぞいて困る、と。報じる側も、ほかならぬ被爆者だった。その目線をどう引き継ぐか▲いま伝えるべきことを伝え、いま言うべきことを言う―。言論に携わる者の務めを、亡き先輩記者から聞かされた覚えがある。戦時中の反省を込め、被爆記者から受け継がれたペンの教訓だったのかもしれない。

(2022年8月3日朝刊掲載)

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