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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 戦争と向き合う 傷ついた人の姿見つめ 想像を 写真家 大石芳野さん

 米国による原爆投下から77年。死没者の冥福を祈り、核廃絶を誓うのは変わりないが、今年は心がざわつく。ロシアがウクライナを侵略し、プーチン大統領は核使用に言及した。許しがたい状況に何ができるか。「戦争で傷ついた人々に自分を重ね、想像し、つながることです」。戦禍を被った人の姿や表情を捉え続ける写真家大石芳野さんは近著「わたしの心のレンズ」に思いをつづっている。現代や過去の戦争とどう向き合うべきか聞いた。(論説委員・田原直樹、写真・下久保聖司)

  ―ウクライナ侵略を止められない世界情勢をどう見ますか。
 私は「プーチンの戦争」と考えていますが、それが世界を大きく変えてしまいました。国々だけでなく、人の心も二分されています。そのはざまで戦争は長引き、今日もウクライナの人々が傷つき、犠牲になる。プーチンがやめたと言わない限り、暗い時代が続くとすれば、何とも恐ろしい状況です。

  ―核使用に言及したことも、世界に衝撃を与えました。
 声高にロシアは核大国だと言い、ウクライナを侵略しています。脅しで他国を恐怖に陥れ、従わせる発想です。21世紀にこんな戦争が起きるとは…。今こう話しているだけで気持ちが沈みます。被爆国日本が70年以上も原爆の非人道性を訴え、廃絶を呼びかけてきたのに…。私たちは再び核が使われかねない危険な岐路に立っています。

  ―ウクライナだけでなく、取材されたアジアでも弾圧や内乱は続いています。
 ミャンマーなどの現状にも胸が痛みます。でも今回のウクライナでの戦争は世界を二分しかねないとの不安が人々にあり、案じさせているのでしょう。

 私もウクライナの人々が悲嘆する姿と、これまで写真に収めた人々が重なります。親を虐殺されたカンボジアの子どもや原爆症に苦しむ高齢被爆者です。戦禍がもたらす苦悩を思うと、心身が押しつぶされそうです。

  ―長引くウクライナでの戦闘に報道量は減り、無関心な人も増えています。
 燃料不足や物価高など自分の生活への影響に目が向き始めたようです。生活の中で戦争のことを常に考えてはいられませんから。どこか国内の出来事でも関心を持ち続けるのは容易でないのにウクライナとなると…。人間の悲しい性(さが)ですね。

 実際、沖縄県の問題への関心がそうです。県民があれほど反対しても、辺野古で埋め立てが強行されているのは、政府だけの問題ではなく、日本人全体の意識の問題だと思います。

 誰もが忙しく、暮らしていくのに精いっぱいで遠い地を思い続けるのは難しい。でも「それでいいの」と問いたいです。

  ―日本で今、ウクライナのために何をすべきでしょうか。
 まずは関心を持ち続けることです。次に、ウクライナの人々に自分を重ねてみること、もう一つは、80年ほど前の日本についても祖父母に聞いたり、本で読んだりして戦争が何をもたらすか知ることです。そこから想像力を働かせ、考えるのです。

  ―原爆の日を知らない子が増えています。戦争の記憶、痛みをどう伝えられるでしょう。
 戦争を取り上げた作品に触れることです。もし私の写真を見てもらえるなら、写っている子どもやお年寄りと対話をしてください。心身を傷つけられた人々です。写真だから声も動きもないけれど、じっと向き合ってほしい。何があって、こんなに傷ついたのか、貧しいのか―。想像を広げ考えてもらいたい。

 映画や舞台、本、アニメでもいいのです。想像力を働かせて相手とつながってほしい。

  ―なぜ戦禍で傷ついた人たちの写真を撮り続けるのですか。
 その体験や思いに触れ、伝えたいのです。若い頃、日本のあの戦争についてあまり知りませんでした。世界で起こっている戦争がそれぞれに重なり合い、同じ地球、同じ時代に生きていながら、私はこれでいいのかと自問し、この道を選びました。

  ―被爆者の姿と体験を収めた写真集にも引きつけられます。
 原爆投下は日本人全体に起きた出来事です。被爆体験とともに、心の内を知っておくことが大事だと思います。もし私が被爆者なら、被爆していない人とつながっていたいですから。

■取材を終えて

 戦禍に傷ついた人々の姿や思いを、カメラと心のレンズで捉えている大石さん。戦争とは何か、人間とは何か―と、その写真や言葉は問いかける。写真の人々と対話し、考えていく。

おおいし・よしの
 東京都生まれ。日本大芸術学部卒。20代からフリーの写真家として活動。ベトナム戦争、カンボジアの虐殺など戦禍で傷ついた市民に目を向けたドキュメンタリー作品を手掛けている。写真集「ベトナム 凜と」で第20回土門拳賞を受賞。「HIROSHIMA 半世紀の肖像」「長崎の痕(きずあと)」など写真集は数多い。著書に「沖縄 若夏の記憶」など。東京都在住。

(2022年8月3日朝刊掲載)

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