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社説・コラム

『潮流』 語られなかったこと

■ヒロシマ平和メディアセンター 金崎由美

 語られた内容は、正しい。自ら渡米し、「機能不全」と危惧される条約体制の重要性を強調したことも評価したい。だが米国の「核の傘」への依存政策を堅持しながら、どこまで何ができるだろう、とも思う。核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開幕した1日、岸田文雄首相が臨んだ一般討論演説である。

 被爆者と市民が期待を寄せる核兵器禁止条約を「完全スルー」して批判を受けた。ほかにも、意図的に語らなかった論点はあるだろう。国連のインターネット配信で各国の演説を聞きながら考えた。

 例えば、禁止条約の締約国である南太平洋の島国フィジー。1950年代に英国がクリスマス島で行った核実験に、数百人が放射線防護もずさんなまま兵士として動員され被曝(ひばく)した。

 この日2番目の登壇だった岸田氏の前に、バイニマラマ首相が演説した。父親が核実験に従事したと明かし、健康被害や環境汚染の理不尽さを語る。核保有国が核兵器を近代化させる動きを批判。禁止条約の締約国会議で採択されたウィーン宣言にも言及した。「全ての」核保有国に「いかなる状況」においても核兵器の使用や威嚇をしないよう迫る文言を含む政治宣言である。

 共にヒバクシャの苦しみを知る国だが、米国から提供される核抑止力の強化を求める限り、日本がこのようなスタンスを明確にすることは難しいだろう。核兵器廃絶を阻む本質的な問題を抱え続ける。

 2010年に前々回の再検討会議を現地取材し、最終文書が合意に至る薄氷の交渉過程を垣間見た。前回は結局、米英とカナダの反対で採択できなかった。今回も「決裂」の文字がちらつく。日本は、核の特権を手放さない保有国側へ比重をかけたまま、業を煮やす非保有国との「橋渡し役」をどう果たすか。注視したい。

(2022年8月4日朝刊掲載)

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