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被爆と大虐殺 向き合う少女 児童文学作家 朽木祥さん新著 無差別殺りく 「同じ人間になぜ」

 物語の力でヒロシマの継承を試みてきた児童文学作家の朽木祥(くつきしょう)さん(65)=広島市出身=が、新著「パンに書かれた言葉」(写真・小学館)を出版した。13歳の少女が家族の戦争体験をたどりながら、被爆とホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の史実に迫る姿を描く。(桑島美帆)

 「人間が同じ人間に、なぜこんな恐ろしいことができたのか」「自分がその時代に生きていたら、どうしていただろうか」―。ヒロシマとホロコーストを交錯させる物語構成を通し、朽木さん自身が長年抱いてきた問いと向き合った。

 北鎌倉で暮らす主人公の光・S・エレオノーラ(エリー)は、イタリア人の母と広島市出身の日本人の父を持つ被爆3世。中学2年になる前の2011年3月、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が発生する。混乱から一時避難するため、1人で北イタリアの祖母宅を訪れ、物語は展開していく。

 ドイツと国境を接した北イタリアの村でもユダヤ人は次々に強制収容所へ移送され、レジスタンス(対独抵抗運動)のメンバーは処刑された。その史実を初めて祖母から聞いたエリーは、祖母の兄もレジスタンスに加わり、17歳で処刑されていたことを知る。

 エリーと同世代の中学生以上に向けた本書は、読み手を第2次世界大戦中の北イタリアや、1945年8月6日の広島市内へと誘う。軍靴姿でユダヤ人を追い詰めるナチス、広島市中心部で全身やけどを負い13歳で息を引き取った祖父の妹―。人物設定はフィクションであっても、膨大な資料を読み込み、細部まで事実を積み重ねた。

 朽木さん自身、幼少期から母親や親戚の被爆体験に触れて育ち、進学した基町高(広島市中区)は同級生の大半が被爆2世だった。2005年から神奈川県鎌倉市を拠点に執筆活動を続ける。12年に発表した短編「石の記憶」(「八月の光―失われた声に耳をすませて」所収)、小学5年の国語の教科書に掲載されている「たずねびと」などヒロシマの物語を創作してきた。

 戦後77年がたち、戦争体験の継承が岐路にたつ中、読者が主人公の気持ちに沿い「共感共苦」を得られる筆致を心掛けている。「フィクションは想像力を通し、子どもたちに無差別殺りくのむごたらしさを目撃させることができる」と朽木さん。国内外から反響も多く寄せられ、手応えを感じているという。

 本作を出版社に入稿した直後、ロシアがウクライナに侵攻し、核兵器の使用をほのめかすようなニュースも耳にした。「物語の登場人物は過去の亡霊ではない。未来のあなたでも、私でもあり得る」。作品を通し、未来を築く子どもたちへ語りかけていく。

(2022年8月4日朝刊掲載)

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