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絵本で継ぐ被爆の証言 故鳥越さんの伝承者6人 「先生」の死 乗り越え完成

 広島で被爆した故鳥越(とりこし)不二夫さんの証言を受け継ぐ広島市の被爆体験伝承者6人が、絵本「ふじおくんのハーモニカ」を完成させた。伝承者を目指して研修中だった2018年に鳥越さんは87歳で亡くなったが、皆で励まし合って困難を乗り越えた。絵本は「先生」の遺志を継ぐ決意の証しでもある。(湯浅梨奈)

 崇徳中(現崇徳高)3年生で14歳だった鳥越さんは、爆心地から約2キロの自宅前で大やけどを負った。小学校教諭を退職後、ハーモニカを吹きながら体験を語り続けた。絵本は、何日間も意識を失い、死の淵をさまよった後に母親の子守歌を耳にして息を吹き返した様子などを描写。母親がくれたハーモニカの音色が生きる励みとなったことや、命の大切さを訴える生前の言葉も伝える。

 「鳥越グループ」の6人は40~80代で、最年長は自らも被爆者の小倉末子さん(80)=東区。2016年から3年間の研修に加わった。鳥越さんにとっては伝承者育成に携わって初めての「教え子」だ。ところが2年がたった頃、鳥越さんは帰らぬ人となる。

 一度は市の意向で研修は取りやめに。だが6人の意志は固かった。粘り強く交渉し、別の被爆者の指導を受けながら研修を継続することになった。初心を貫いて修了にこぎ着けた19年春から、県内外の学校などで伝承活動をしている。

 研修の中断で先の見通しが立たなかった時期、幅広い世代に鳥越さんのことを知ってもらおうと構想したのがこの絵本だった。

 6人の行動力の源は「生前の先生の人柄です」と口をそろえる。中本実鈴さん(66)=東区=は「モットーは『一日一日を大切に、明日に向かって輝きある日々を過ごしたい』だった。前向きに生きる大切さも教えてくれた」。そのことを読み手が感じ取れるよう、文章を練った。中本さんの知人に挿絵を依頼。海外に広めるため日英併記とした。米国にも送るという。

 出山ひさ子さん(50)=安佐南区=は「体調が悪かった晩年も苦しいそぶりを見せず指導してくれた。できる限り先生の体験を伝えていく」と語る。A4判26ページ。非売品。市立図書館や県立図書館、鳥越さんが教えた学校などに寄贈する。

被爆体験伝承者
 被爆者の高齢化が進む中、代わりに被爆証言を伝える人を広島市が養成。2年間の研修で座学を受講し、被爆者から個別指導を受ける。20年度まで3年間だったが、研修途中での被爆者の死去や体調不良のケースもあり期間を短縮した。1日現在、委嘱された156人が各地の学校や原爆資料館などでの伝承講話を担っている。昨年度の活動実績は、国内派遣とオンライン講話を含め617件。

(2022年8月4日朝刊掲載)

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