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緊張続く世界 8・6ドキュメント

広島サミットに期待/厳しい警備理解

「戦争は続き、平和は当たり前じゃない」

 0・00 広島市南区の飲食店経営小嶋大士さん(41)は原爆慰霊碑(中区)で祈りをささげた。母親和子さん(76)は原爆投下の2日後に千田町(現中区)のビルの地下室で生まれた。その光景をモチーフに原爆詩人・栗原貞子が代表作「生ましめんかな」を作った。「祖母が犠牲になったら自分は存在しなかった。今も戦争は続き、平和は当たり前じゃない」

 0・10 中区の飲食店経営久保田輝子さん(52)は原爆慰霊碑に供えられた花に水をかけた。「争いのない平和な世界になるよう祈りを込めた」。水やりは被爆2世の知人に倣って始め、約20年間続けている。

 1・40 原爆の子の像(中区)前で沖縄県の飲食店経営出岡大治さん(44)は手を合わせた。祖母(95)は牛田町(現東区)の自宅で被爆。左腕にガラスが刺さりながらも近くの神社に逃げたと聞く。「8月6日は絶対に忘れてはいけない日」と胸に刻んだ。

 2・25 中区のアルバイト中元えりかさん(48)は韓国人原爆犠牲者慰霊碑(中区)に向き合った。韓国のドラマやアイドルに興味を抱き、追悼しようと考えた。「みんなが幸せになるために戦争はやめて」。争いが絶えない世の中だからこそ強く思った。

 3・00 南区の中学校教諭中道篤彦さん(53)は原爆慰霊碑を見つめ、来年5月に広島市で開催される先進7カ国首脳会議(G7サミット)に期待を抱いた。「広島が争いのない世界をつくるための話し合いの場になればいい」

 3・10 原爆ドーム(中区)対岸の元安川のほとりで呉市の画家鷹取昌史さん(60)はドームの絵を描いた。「核なき世界を目指す各国の動きは不十分だ。核兵器の怖さを子どもたちが学ぶきっかけとして、この絵に興味を持ってくれたらうれしい」と筆を走らせた。

 5・15 平和記念公園(中区)の入場規制が始まった。被爆者だった父と姉を悼む西区の小野弘子さん(81)は「この時間帯でも警備が厳しい。安倍晋三元首相の銃撃事件もあった。静粛に式典を営むためには仕方がない」と理解を示した。

 5・30 府中南小6年桑原瑛心さん(11)は父親(35)と原爆慰霊碑を訪れた。曽祖母(88)が市中心部行きの路面電車に乗っていた時に被爆。偶然にも電車は遅延し、爆心地からやや距離があり生き延びたという。「被爆者の苦しみや悲しみを考えて手を合わせた」

 7・40 平和記念公園のベンチで佐伯区の主婦山崎佳子さん(68)は、1年前に98歳で亡くなった被爆者の義母を思い浮かべた。原爆投下の4日前に生まれた長女を連れて山口県に避難したという。「列車に乗るために赤ちゃんを抱き、段原から横川まで歩いたと聞いた。どれほど大変だったか想像もつかない」

 8・00 平和記念式典が始まる。

 8・15 呉市の広小5年藤井咲希さん(10)は原爆の子の像近くで黙とうした。被爆した曽祖母(91)の体験を何度も聞いてきた。今、ロシアのウクライナ侵攻に怒りを覚える。「友達と仲良くしたい。それが大きな平和につながるはず」

 9・30 被爆者団体東友会(東京)のメンバーが51年前に平和記念公園内に植えたイチョウの周りに集まった。代表理事の家島昌志さん(80)は「われわれの目の黒いうちに核兵器廃絶の運動が実るかは疑問だ。核保有国の為政者は早く目を覚ましてほしい」と語気を強めた。

 10・05 旧市民球場跡地(中区)近くの「平和の鐘」を元球場管理事務所長の高東博視さん(76)=佐伯区=は見上げた。被爆した職人たちが焼け野原で集めた金属で鋳造した鐘。「G7サミットの時にも世界平和を願う音色を響かせてほしい。そしてこの鐘を永久に残したい」

 11・00 原爆資料館(中区)に続々と人が訪れる。初めて見学した愛知県の高校2年細井望央さん(17)は「自分より年下の子どもたちの服や帽子の展示が忘れられない」と振り返った。

 12・30 「小学生の時ヒロシマの話を聞き、悲しくなった」。米国人の翻訳家ケリー・ジャクソンさん(38)=東京=は紙屋町地下街シャレオ(中区)であった平和の祈りを筆でうちわに書くイベントに参加。「人類に迫る危機を乗り越え、平和な生活が戻ることを願う」。何度も練習し「平和」としたためた。

 13・20 平和記念公園内に今年3月開館した被爆遺構展示館には来館者がひっきりなしに訪れた。岐阜大非常勤講師で被爆2世の今井雅巳さん(70)は焼け落ちた民家の跡を前に「焦げ跡が生々しい。庶民の暮らしを一瞬にして焼き尽くした原爆の怖さ、悲惨さ、愚かさを伝える貴重な施設だ」と見入っていた。

 14・00 安井友枝さん(90)=京都市=は原爆で亡くなった両親をしのび、毎年欠かさず訪れる平和記念公園の木陰のベンチで休んだ。「夏の暑さは年を重ねてつらくなる一方だが、『幸せに暮らしております』と生きている間は両親に報告し続けたい」

 14・21 中区で最高気温33・3度を記録。

 15・30 元広島市長の平岡敬さん(94)が広島弁護士会館(中区)で講演した。約100人を前に「原発などの被曝(ひばく)者は世界中にいることを認識してほしい」と強調。「苦しんでいる人を助ける仕組みを作るべきだ」と訴えた。

 16・30 原爆供養塔(中区)に息の合ったハーモニーが響き渡った。市民合唱団のメンバーで被爆者の堀江壮さん(81)=佐伯区=は「あの大惨事を二度と起こしてはならない。ウクライナは人ごとには思えない」。切なる願いをメロディーに乗せた。

 18・00 元安川でとうろう流しが始まった。「平和な世界が訪れますように」などの文字が浮かぶ。大芝町(現西区)の自宅で被爆した木村鈴子さん(81)=中区=は妹(78)と川面を眺めながら幼少期でも脳裏に焼き付いた悲惨な光景を思い返した。「戦争は誰も幸せにしない。灯籠に込められた祈りが実現する世の中になってほしい」

(2022年8月7日朝刊掲載)

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