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社説・コラム

『この人』 父の被爆体験を伝える映画を無料配信した原作者 美甘章子(みかもあきこ)さん

 伝えたかったのは「許す心」。広島市で被爆した父の進示さん(2020年に94歳で死去)は生前、「原爆を落としたパイロットを憎んでいない」と繰り返したという。6日の原爆の日に合わせ、その父の体験を基に製作したドキュメンタリー映画をインターネット上で全世界に無料配信した。「世界はいま、核戦争が起こり得る情勢。原爆の惨状を知り、平和な紛争解決の在り方を考えてほしい」

 20年完成の映画「8時15分 ヒロシマ 父から娘へ」は、自身の著作を基に米国の監督が撮った。51分間の上映時間の大半を割き、父から聞いたあの日の惨状を克明に描写。爆心地から約1・2キロの広島市上柳町(現中区)で被爆し、助けを求めてきのこ雲の下を数日間さまよい歩いた場面が続く。「若い世代に戦争を実感してほしい」というのが父の遺志だった。

 東区出身。広島大を卒業後、心理学を学ぶために渡米した。著作をまとめたきっかけは10年に留学したフランスの経営大学院での授業だ。父の被爆体験を話すと、級友は涙ぐみ「こんな話は聞いたことがない」。書き連ねてみると、4日間で180ページにもなった。13年に英語版を出版。日本語やドイツ語など5カ国語に翻訳された。

 映画の終盤には被爆死した祖父の形見で、原爆資料館(中区)を通じて国連に貸し出していた懐中時計が盗まれる実話を盛り込んだ。「父は全く怒らなかった。自分の心から恨みつらみをなくせば、悲劇を乗り越え前向きに生きられる」。あの時の進示さんの反応に、核で脅し合う世界の緊張を解く鍵をみた。

 米カリフォルニア州サンディエゴ在住。臨床心理医として働く。(宮野史康)

(2022年8月7日朝刊掲載)

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