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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「原爆句抄」松尾あつゆき著(書肆侃侃房)

悲しみ伝える自由律俳句

 初めて出合ったときの衝撃は忘れられない。言葉が心をえぐるとはこういうことをいうのかと、身に染みたのだ。  77年前の8月9日、長崎に投下された原爆で妻と3人の子どもを奪われた自由律俳人松尾あつゆき(1904~83年)が、被爆にまつわる句と手記を収めた一冊である。

 50年前に初版が発行され、長く絶版となっていたが、2015年、孫の手により復刊された。以来いつも手元に置く。きのこ雲の下で人間が味わった痛みと苦しみを胸に刻むために。

  ≪炎天、子のいまわの水をさがしにゆく
  あわれ七ヶ月のいのちの、はなびらのような骨かな
  なにもかもなくした手に四まいの爆死証明≫
 息絶えた子と妻を炎天下で荼毘(だび)に付す。唯一残った長女も顔や腕に大やけどを負い、瀕死(ひんし)の状態が続く。

 本書には、爆死したわが子を発見した被爆翌朝から晩年までの句が、人生をなぞるように並ぶ。17文字をはみ出た自由律の俳句が、その切実さを際立たせる。手記も生々しい。

 やがて再婚。新天地で心の痛手を癒やそうと信州で教師として生きる。しかし定年退職し帰郷してからも悲しみは消えない。

  ≪子のほしがりし水を噴水として人が見る
  年を経たケロイドの色、傷は胸の奥にある≫
 本書の副題は「魂からしみ出る涙」―。かの国ではちょうど今、核拡散防止が議論されている。威力として、外交のカードとして、机上で核を語る指導者たちに、この言葉のつぶてを届けられないものだろうか。

これも!
①奈華よしこ著(松尾あつゆき、平田周・原著)「子らと妻を骨にして―原爆でうばわれた幸せな家族の記憶」(書肆侃侃房)
②秋月辰一郎著「長崎原爆記 被爆医師の証言」(日本ブックエース)

(2022年8月9日朝刊掲載)

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